147: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/28(木) 00:50:06.30 ID:sg2qAd8w0
346が大手だから足元を見ている、という感じではなかった。
そもそも全く移籍させる気がない。あるいは、万が一その条件で受けてくれれば儲けものといったところだろう。しかし、現状の白菊ほたるは事務所の金食い虫でしかないはずだ。なぜ、そこまで強気になれる?
あきらめるべきだろうか。あの少女は偶然見かけただけに過ぎず、どうしても引き抜かなければならないという理由はない。それこそ、縁がなかったとでも思えばいいだけの話だ。
休憩ラウンジにコーヒーを買いに行く。ちょうど顔見知りのプロデューサーがいたので、声をかけてみた。
148: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/28(木) 00:51:36.94 ID:sg2qAd8w0
穏便に済ませるならば、自ら事務所を辞めてもらうというのが理想的ではある。違約金が発生するだろうが、移籍金代わりに346プロでそれを持てばいい。おそらく、そこまで大した金額にはならない。
しかし、彼女は事務所の寮(実際はボロアパートを事務所名義で借り上げているだけだ)に住んでおり、最低保障のわずかな賃金で日々の暮らしをやりくりしている。
今の事務所を辞めるというのは、生活の基盤を失うと同義だ。あまり積極的に大きな変化は望まないだろう。話がこじれて、こちらの事務所に悪印象を持たれても困る。
まず、いつかの雑誌記者に電話をかけた。
149: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/28(木) 00:53:16.09 ID:sg2qAd8w0
さすがに会社のカネを使うわけにもいかず、記者への報酬は自分のポケットマネーから出した。
それから、向こうの事務所の主要な仕事先に出向いた。同じ業界内のことだし、たいていのところは346とも付き合いがある。特に顔見知りがいないところでも、名刺を1枚渡せばどこも喜んで歓待をしてくれた。
適当な雑談を交わし、機を見て「ところで」と切り出す。
150: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/28(木) 00:54:42.34 ID:sg2qAd8w0
1週間ほど経って、例の事務所から電話がかかってきた。どうやら番号は一応控えていたらしい。
《以前おっしゃっていた、白菊の移籍の件ですが》
前のときより、いくらか疲れているような社長の声が届く。不思議なことに、消沈していてもまだ横柄そうに聞こえた。
151: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/28(木) 00:59:33.52 ID:sg2qAd8w0
あの事務所にはひとりだけ、それなりの人気を博しているアイドルがいる。
彼女の予定を調べ、仕事が終わってひとりで歩いているところに声をかけて名刺を渡した。
君の活躍は知っている、しかしあの程度の事務所にいては先が見えている、君は本当はもっと大きな舞台に立てるはずだ、と適当に思いついた言葉を並べ立て、近くの喫茶店に誘う。
彼女は黙秘権を行使するように口をつぐみつつも、後についてきた。
152: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/28(木) 01:00:27.08 ID:sg2qAd8w0
2日後の15時ちょうど、同じ喫茶店を訪れた。
彼女は先に店に入っていて、チーズケーキをつつきながら紅茶をすすっていた。俺は席にはつかず、彼女の前に立って、テーブルの上に一通の封筒を置いた。
「これは?」と怪訝そうに問う彼女に、「紹介状」と答える。
153: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/28(木) 01:02:43.29 ID:sg2qAd8w0
テレビ局に入ると、ちょうどスタジオから白菊ほたるが出てきたところだった。撮影は中止になったらしい。
少し離れて後を追う。建物の外に出て少し歩いたところで、白菊ほたるが思い出したように携帯電話を取り出し、どこかにかけ始めた。
話しながら、今にも卒倒してしまいそうに顔色を失う。やりとりを聞かなくても、良い内容ではないというのは十分にわかった。
通話を終えた白菊ほたるが夢遊病者のような足取りで公園に入る。公園には彼女の他には誰もいなかった。
154: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/28(木) 01:03:51.94 ID:sg2qAd8w0
太腿のあたりに激しい衝撃が走り、体が宙に浮く。
視界が揺れる。体がアスファルトの上をすべり、皮膚が裂ける。
地面に倒れ伏して数秒経ってから、やっと車とぶつかったのだと気付いた。
体が思うように動かなかった。痛みはない。代わりに、傷口らしきあちこちに痺れのようなものを感じた。
意識ははっきりしている。少し離れたところで、車が路肩に停車し、運転席から男が飛び出してくるのが見えた。
155: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/28(木) 01:05:16.63 ID:sg2qAd8w0
運転手の男の手を借りて、道の端のほうに避難する。しばらくして救急車とパトカーがやってきた。
運転手の男が警官と話をしている。
救急隊員が白菊ほたるを見て、「ご家族ですか?」と言った。
156: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/28(木) 01:06:46.40 ID:sg2qAd8w0
*
書類手続きを終えた次の日、トレーナーの青木聖さんに白菊のレッスンを依頼をした。
レッスンを担当するトレーナーは、そのアイドルの技量に応じて変わる。聖さんは通常、新人を受け持つことはなかったが、このときは無理に頼み込んだ。白菊の実力はいかほどのものか、どうせなら厳しいトレーナーを当てて試してみたかったからだ。
157: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/28(木) 01:07:36.00 ID:sg2qAd8w0
書類仕事に追われて時間を忘れ、気が付けばすっかり日が暮れていた。
そろそろ帰るかと腰を上げ、ふと思い出す。帰る前にひと声かけるようにと言っておいた、白菊が顔を見せていない。
忘れてそのまま帰ってしまった?
それならそれで構わない。しかしあの子は不幸体質なのだ、なにか突発的な事故があったのかもしれない。それとも、無理をしすぎて倒れてしまったのか。
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