122: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/10(日) 18:43:29.64 ID:AfpWDvGb0
それから周子さんの提案で衣装のチェックをした。周子さんが言うには、こういった場合に使うはずの小物が足りなかったり、他の人のところに紛れ込んでいたりするのは珍しくないらしい。
幸いにも、今回はそういったアクシデントはないようだった。
「すみません、気が付きませんでした」
123: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/10(日) 18:46:35.75 ID:AfpWDvGb0
*
「想定が甘かったな、こういうこともあるのか」
プロデューサーさんがつぶやく。
124: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/10(日) 18:47:53.97 ID:AfpWDvGb0
つい昨日リハーサルで立っていたはずなのに、そこはまるで別の世界のようだった。
中央に立った私をスポットライトが照らし出し、大きな歓声があがる。
私にではなく、桜舞姫に、本来であれば周子さんに向けた歓声だということはわかっている。それでも、脚がすくんでしまいそうになった。
首筋にライトの熱さを感じる。ステージがまぶしすぎて目がくらみ、客席はあまりよく見えない。だけどホールを埋め尽くす生命の気配とでもいうのか、大勢のお客さんが詰めかけていることはわかった。
125: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/10(日) 18:49:44.91 ID:AfpWDvGb0
最初の曲が終わり、拍手と歓声が湧き上がる。
これを私が起こしているのだという、えもしれぬ感動がこみ上げた。
ステージは、怖いくらいに順調に進んだ。足をすべらせることもなく、床が抜けることもなく、上空からなにかが落下してくることもない。
126: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/10(日) 18:51:08.31 ID:AfpWDvGb0
*
「ありがとうございました」と言って客席に手を振り、ステージをあとにする。
舞台袖にいたプロデューサーさんに駆け寄り、「夕美さんたちは?」と訊ねる。
127: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/10(日) 18:52:34.71 ID:AfpWDvGb0
「一ノ瀬さん、こちらへ」
プロデューサーさんが志希さんを控室に誘導する。
私は、すっかり安心しきって、油断していた。
128: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/10(日) 18:54:36.86 ID:AfpWDvGb0
志希さんの準備は手早く、着付けもメイクも5分ほどで終えてきた。
私の出番が終わってからはおよそ20分ほど経っていて、客席はざわつき始めている。
控室を出てステージに向かう志希さんを、遠目から盗み見る。あんなことがあった直後に舞台に上がれるものだろうかと、不安に思った。
129: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/10(日) 18:56:12.22 ID:AfpWDvGb0
再びひとりきりになった控室で、私はふらふらと鏡の前に立った。
辛気くさいと、暗いと言われ続けてきた真っ白い顔が、私を見返していた。
なるほど、これは辛気くさいと言われても仕方ない。まるで死人のような顔色だった。
鏡の中の自分が、これは全てお前のせいだと言っているように思えた。
130: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/10(日) 18:57:27.06 ID:AfpWDvGb0
それからどのくらい時間が経ったろう。ドアが開かれ、通路の光が薄く差し込んだ。
「あらら大惨事。ほたるちゃん無事?」
志希さんの声だった。ステージが終わったんだろう。
131: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/10(日) 18:59:27.81 ID:AfpWDvGb0
「……プロデューサーさん?」
私の声は弱々しく、かすれていた。
「本当だよ」
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