124: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/10(日) 18:47:53.97 ID:AfpWDvGb0
つい昨日リハーサルで立っていたはずなのに、そこはまるで別の世界のようだった。
中央に立った私をスポットライトが照らし出し、大きな歓声があがる。
私にではなく、桜舞姫に、本来であれば周子さんに向けた歓声だということはわかっている。それでも、脚がすくんでしまいそうになった。
首筋にライトの熱さを感じる。ステージがまぶしすぎて目がくらみ、客席はあまりよく見えない。だけどホールを埋め尽くす生命の気配とでもいうのか、大勢のお客さんが詰めかけていることはわかった。
「み、みなさんこんにちは。白菊ほたるです」
マイクに向かって言った。私の声がスピーカーから流れる。
「えっと……今日は周子さんの代わりで歌わせていただくことになりました。よろしくお願いします」
客席に向けて深くお辞儀をする。ぱちぱちと拍手の音が返ってきた。
袂から扇子を取り出し、ぱしんと開く。
百折不撓。何度失敗しても、志を曲げないこと。
今は、自分のステージに集中しなきゃ。こんなに大勢のお客さんが私を見てくれている。このどこかには周子さんもいる。恥ずかしい姿は見せられない。
大きく、ゆっくりと息を吸い、吐く。いつからか、緊張したときに儀式のようにおこなっている深呼吸。動悸が静まり、肩が軽くなる。緊張も不安も、鬱屈も憂悶も、吐き出した息とともに消えてゆく。
扇子で顔を隠すようにしてしばし待つ。
音楽が流れ、体がパブロフの犬みたいに反射的に舞い始める。
激しい動きは要らない。まとった衣装も体の一部のように、はためく袖も振り付けの一部となるように、ゆうゆうと、だけど遅れることのないように動く。
息を吸い込み、マイクに向けて、声を響かせる。
客席で、無数の青い光が揺れ動いていた。
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