128: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/10(日) 18:54:36.86 ID:AfpWDvGb0
志希さんの準備は手早く、着付けもメイクも5分ほどで終えてきた。
私の出番が終わってからはおよそ20分ほど経っていて、客席はざわつき始めている。
控室を出てステージに向かう志希さんを、遠目から盗み見る。あんなことがあった直後に舞台に上がれるものだろうかと、不安に思った。
志希さんは舞台袖でいちど足を止め、瞑想するように固く目をつぶった。
数秒後、目を開いたときには、表情の険しさはあとかたもなく消えて、誰もが知っている『一ノ瀬志希』になっていた。
スポットライトに照らし出された志希さんを、大歓声が出迎える。
「お待たせしちゃってごめんねー」と志希さんが手を振る。声の調子も、すっかり普段の通りだった。
私は無人の控室に入った。夕美さんのケガが気になったけど、私が様子を見に行って、これ以上更に悪いことが起きるのが怖かった。
しばらくして、プロデューサーさんがやってきた。
「夕美さんは?」
「おそらく捻挫だろうって。骨に異常があるかどうかは、病院に行ってみないとわからない」
「……ステージは」
「無理だな」
噛み締めた奥歯が軋みをあげた。
また、私のせいで……
「ライブは、どうするんですか?」
「プロデューサーたちが渋滞を抜けてもうすぐ着くらしいから、話し合って決めることになるけど、おそらく休憩を長めにとって一ノ瀬さんに続投してもらうことになるかな」
志希さん……志希さんならうまくやってくれるだろう。
夕美さんのファンの人たちは残念に思うかもしれないけど、志希さんだったら、それでもみんなを満足させるだけのパフォーマンスを見せてくれるに違いない。
――けど、
「……私が出ます」
そんな言葉が、私の口をついて出た。
「夕美さんの代わりに……私の、せいだから……」
プロデューサーさんが、一瞬だけちらりと私を見た。だけどなにも言うことはなく、椅子に腰を下ろして、なにか考え込むように腕を組んでいた。
ややあって、部屋の外から騒ぐような声が届く。夕美さんと志希さんのプロデューサーが到着したのかもしれない。
彫像のようにじっとしていたプロデューサーさんが席を立つ。
「あのっ」と声を上げる私の肩に、ぽんと手が置かれる。
「交渉してくる」
そう言い残して、プロデューサーさんは部屋を出て行った。
202Res/248.44 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20