118: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/10(日) 18:38:29.19 ID:AfpWDvGb0
メイクさんもまだ来ていないだろうし、着替えるにしても、いくらなんでもまだ早い。
なにをしてようかな、と悩んでいるところに、コンコンとノックの音が届く。
「どうぞ」と答えると、大きいサングラスをかけた、長い黒髪の女性が入って来た。
てっきりプロデューサーさんだとばかり思っていた私は、びっくりして言葉を失った。
誰だろう? スタッフさんには見えないけど……
119: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/10(日) 18:39:40.41 ID:AfpWDvGb0
「ああ、アレね。そいえば、うちの公式サイトの今日のライブ情報に、『天気予報にかかわらず傘の持参を推奨します』とか書いてあったの、あれほたるちゃんが言ったん?」
「え? あ、はい。私が関わると、天気が崩れやすいので……」
それはたしかに私が進言したことだった。だけど、どうして今その話が出るんだろう。
120: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/10(日) 18:40:55.06 ID:AfpWDvGb0
「ところで、志希ちゃんは迷惑かけてない?」と周子さんが言った。
志希さんは、その頭脳やアイドルとしての実力とは別に、奇行で有名なところがある。事務所でたびたび怪しい化学実験をして、問題を起こしているという噂も聞く。たぶん、その心配をしているんだろう。
「えっと、合同レッスンに来ないことはありましたけど、特に迷惑ということは……」
121: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/10(日) 18:42:20.06 ID:AfpWDvGb0
周子さんがお茶をひとすすりし、ほうっと息をついた。
「……志希ちゃんは、アタマがよすぎるからなのか、なんなのか知らないけど、ふつうの人じゃ見えないもんまで見えちゃうんだよ。嫌でも。てゆーか嫌だろうね」
「嫌、ですか?」
122: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/10(日) 18:43:29.64 ID:AfpWDvGb0
それから周子さんの提案で衣装のチェックをした。周子さんが言うには、こういった場合に使うはずの小物が足りなかったり、他の人のところに紛れ込んでいたりするのは珍しくないらしい。
幸いにも、今回はそういったアクシデントはないようだった。
「すみません、気が付きませんでした」
123: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/10(日) 18:46:35.75 ID:AfpWDvGb0
*
「想定が甘かったな、こういうこともあるのか」
プロデューサーさんがつぶやく。
124: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/10(日) 18:47:53.97 ID:AfpWDvGb0
つい昨日リハーサルで立っていたはずなのに、そこはまるで別の世界のようだった。
中央に立った私をスポットライトが照らし出し、大きな歓声があがる。
私にではなく、桜舞姫に、本来であれば周子さんに向けた歓声だということはわかっている。それでも、脚がすくんでしまいそうになった。
首筋にライトの熱さを感じる。ステージがまぶしすぎて目がくらみ、客席はあまりよく見えない。だけどホールを埋め尽くす生命の気配とでもいうのか、大勢のお客さんが詰めかけていることはわかった。
125: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/10(日) 18:49:44.91 ID:AfpWDvGb0
最初の曲が終わり、拍手と歓声が湧き上がる。
これを私が起こしているのだという、えもしれぬ感動がこみ上げた。
ステージは、怖いくらいに順調に進んだ。足をすべらせることもなく、床が抜けることもなく、上空からなにかが落下してくることもない。
126: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/10(日) 18:51:08.31 ID:AfpWDvGb0
*
「ありがとうございました」と言って客席に手を振り、ステージをあとにする。
舞台袖にいたプロデューサーさんに駆け寄り、「夕美さんたちは?」と訊ねる。
127: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/10(日) 18:52:34.71 ID:AfpWDvGb0
「一ノ瀬さん、こちらへ」
プロデューサーさんが志希さんを控室に誘導する。
私は、すっかり安心しきって、油断していた。
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