2: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/22(木) 13:57:23.26 ID:eLlVio3H0
北海道の西、かつては札幌と呼ばれていた大都市も、いまや陣内崎と名を変え、かつての面影は既にない。
陣は神に通じている。神の内なる陣内崎。外界から隔絶された現代の魔都において、二年前、彼女は十五歳という若さで探偵事務所を開設したやり手だ。
世が世なら女子高生探偵というセンセーショナルな看板を掲げていてもおかしくはない。その六文字は確かにキャッチーに過ぎたし、よくも悪くも耳目を集める。
3: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/22(木) 13:57:49.43 ID:eLlVio3H0
日差しが俺の首筋を焼く。くたびれたソファに腰を掛けながらら、俺はサングラスを少しずらし、ゴシップ雑誌を退屈そうに読む彼女へと目をやった。
雑に編んだ三つ編みに太いフレームの眼鏡をかけ、大きくくりくりとした瞳は印象的だ。太めの眉が、精悍な印象すら与える。
身長は一六〇もないだろう。体重は知らない。日頃の不摂生が祟ってしまったのか、腕も足も、尻や胸に至るまで頗る肉付きが悪い。
4: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/22(木) 13:58:20.88 ID:eLlVio3H0
「ちょっと豪雨さん! 煙草を吸うときはベランダでっていっつも言ってるじゃないですか!」
「おま、折角の俺のハードボイルド気分をだなぁ……」
5: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/22(木) 13:59:03.75 ID:eLlVio3H0
色々言いたいことはあったが、しかし、ここを追い出されてしまえば俺に行くあてはない。真っ当でないものの掃き溜めである陣内崎において、探偵業などは余程に真っ当だ。ロシアンマフィアの肉壁となるのも、MI6の二重スパイになるのも、俺はまったくごめんだった。
そして同時に知っていた。稀有は極端なまでに人との取り方を心得ていないから、きつい言葉とは裏腹に、内心では俺の服の裾をぎゅっと握りしめている。
俺はその手を引きはがすことを、ハードボイルド的とは思わない。
6: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/22(木) 13:59:58.06 ID:eLlVio3H0
殺人事件に対しての感想が「退屈」では、あまりにも死者に不躾だと思うだろうか? しかもそれが解決となれば、傲岸不遜も極まりないと思われても仕方がない。
ただ、それは稀有のことを知らない人間の考えである。そんな人間のことを俺は勘案しやしないし、稀有自身、そんなやつらのことなぞはどうでもいいに違いない。
「……いや」
7: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/22(木) 14:00:26.59 ID:eLlVio3H0
時折とても迂遠で婉曲な皮肉を吐く割に、時折こうやって真っ直ぐ言葉をぶつけてくるのが、俺はとても苦手だった。俺のハードボイルドが崩れてしまうからだ。
顔のにやけが抑えられない。
8: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/22(木) 14:01:28.62 ID:eLlVio3H0
「……ん」
「んっ」
9: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/22(木) 14:02:19.94 ID:eLlVio3H0
陣内崎の中央警察署は事務所からさほど離れていない。というよりも、中央警察署のそばに事務所を設けた、という表現のほうが的確だろう。
ここは嘗ての札幌市全10区を踏襲していて、中央警察署があるのはその名の通り中心一区、事務所は境界線を挟んだ向こう側の二区にある。警察署が境界線寄りに位置しているのもあって、直線距離でおおよそ3キロ、所要時間にして三十分弱。
警察は稀有の一番のお得意様だ。警察に頼られる探偵など物語の中にしか存在しないというのならば、もしかすると稀有は、探偵ですらないのかもしれなかった。
10: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/22(木) 14:02:52.92 ID:eLlVio3H0
「お待ちしておりやした」
署内に入った俺たちをすぐに出迎えたのは、捜査一課のボスである南原真南課長。刑事と聞いてすぐに思い浮かべるとおりの強面で、白髪交じりの短髪はいつも丁寧に同じ長さに揃えられている。
責任感が強く俺たちの――というより稀有のことも丁重に扱ってくれるが、ネクタイのセンスが悪いことだけが珠に瑕だった。
11: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/22(木) 14:03:39.46 ID:eLlVio3H0
あるが、それだって結構割り切れていたのだ。
「いや、あれでも結構変わったほうだ」
真南はぼそりと言った。「仕事モード」の稀有との付き合いは真南のほうが長い。こいつが言うのならばそうなのだろう。
12: ◆yufVJNsZ3s[saga]
2017/06/22(木) 14:04:13.51 ID:eLlVio3H0
「俺も詳しくは知らないが、表向きのヤマは大して抱えてないみたいだ。今は裏の組織を追ってるって話だが」
「裏の組織、ねぇ」
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