60: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/01/28(土) 22:51:07.83 ID:8ENUCYV1O
美波「あの、亜人管理委員会とはどんな組織なんでしょうか? 警察の方に聞いてもよくわからなくて」
美波は不安の種類を個人的なものから一般的なものにみせようと努めながら質問した。その成果があるのかどうかを判断するには、美波はまだ混乱のなかに居すぎていた。
61: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/01/28(土) 22:52:28.25 ID:8ENUCYV1O
戸崎「これは亜人の安全の守るための措置です。十七年前にアフリカで初めて亜人が発見されて以降、世界各地でも発見されるようになった亜人に対して各国政府はその対応を早急に決定しなければなりませんでした。あらゆる分野において重大な研究価値を持つ亜人を違法な売買目的で捕獲しようとする、いわゆる“亜人狩り”が横行するようになったからです。これは亜人の発見率が高いアフリカや中東などの紛争地域にかぎらず、先進国においても報告されている事態なのです。それを専門とする職業的な密猟者や他国の工作員が亜人捕獲のために活動を開始していると考慮しなければなりません。ご自分が国家レベルの案件に関わっていることをどうかご理解していただきたい」
美波「懸賞金のことはどうなっているんですか? ニュースを見るたびに、その話が毎回といっていいほど出てくるんですよ?」
62: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/01/28(土) 22:53:44.15 ID:8ENUCYV1O
美波「でも、ニュースでは……」
戸崎「公的報奨金の支給はいっさいありません。亜人は犯罪者ではありませんから」
63: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/01/28(土) 22:56:24.52 ID:8ENUCYV1O
空調が咳き込んだような音を出した。戸崎はその音を耳障りに思ったのかいったん言葉を切り、首をすこし傾け天井を見上げた。美波は戸崎が話を再開するのを待った。必死に。意識を耳に集中しているのに、時計の針の音や空調がごうごう鳴る音はどういうわけか聞こえなかった。
戸崎「厚生労働省のホームページにも記載されていることですが、一般人はおろかマスメディアの人間もこのことをほとんど知らない。公的機関による情報公開の限界を感じますよ」
64: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/01/28(土) 22:58:43.00 ID:8ENUCYV1O
専務室の見事なくらい磨かれた床は光を受けて白く光り輝いていた。天井の明かりが部屋を満遍なく照らし出し、一目で高級品とわかる黒のビジネスデスクやパソコンモニターの反射しているところが白い斑点のようになっている。美城専務がページを繰っているホッチキス留めされた会議用の資料も例外ではなかった。さらさらした紙の上に黒くはっきりした文字が濃く印刷されている。
資料には亜人関連法案の概要と、それにもとづいた対応策の提案、事態解決までプロダクションがとる措置の指示などが書かれていた。ネットからひろった新聞記事をプリントアウトしたものもある。
65: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/01/28(土) 23:00:26.38 ID:8ENUCYV1O
視線も向けず、にべもない態度の美城専務に、プロデューサーは食いさがった。
武内P「わが社の今後の対応についてならこの資料だけでも十分説明できます。会見場に新田さんが登場してもいたずらに騒ぎがおおきくなるだけかもしれません。マスコミはそのことだけを報道し、わが社の方針がむしろ伝わらないおそれもあります」
66: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/01/28(土) 23:02:06.07 ID:8ENUCYV1O
議論の余地はなかった。プロデューサーをこの部屋に呼んだのは議論するためでも意見を聞くためでもなく、命令するためだった。プロデューサーは美波が所属するプロジェクトの責任者であったからここに呼ばれたにすぎなかった。
専務室にはプロデューサーの直接の上司である今西部長もいた。彼は苦悩が痛覚を刺激しているような面持ちで沈黙を守っていた。今西には美城に言うことが理解できたし、プロデューサー言うことも理解できた。理解だけにとどまっていることが彼に痛みをもたらしていた。
67: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/01/28(土) 23:03:39.37 ID:8ENUCYV1O
そのひとことがプロデューサーの動きを完全にとめた。雷に打たれたという表現がぴったりくる有様だった。美城専務はそんなプロデューサーの様子を気にもとめず言葉をつづけた。
美城「それに、新田美波本人が会見に出たいと言ったらきみはどうするつもりなんだ? 今回の事態に対する私の対処は美城プロダクションの専務取締役としてのものだ。私にはプロダクションに所属する従業員やアイドル、株主たちに対する責任がある。私はそれを放棄するつもりはない。新田美波にしても、アイドルとして活動を続けるのならなんらかの声明を求められるだろう。彼女にとっては家族の問題なのだから、どうしたってついて回ってくる。それくらいの自覚はあるはずだ。たいしてきみはどうなんだ? さっきの言葉は一従業員としての提言か? それとも、個人的な感傷による発言なのか?」
68: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/01/28(土) 23:04:57.67 ID:8ENUCYV1O
駐車場ではコンクリート柱が陰鬱そうに光を吸収し、不吉な緑色に染まっていた。目に見えるほどの大きさの粒子が降り注いでいるかのようなざらついた雰囲気の空間のなかに戸崎たちが乗ってきた公用車はあった。駐車されているセダンはおとなしく動きをとめたまま、黒い車体のつややかさをアピールしていた。
会議が終了し、駐車場まで戻ってきた戸崎はこの光景に微かな違和感を覚えた。間違い探しをしているかのような感覚。類似した二枚の絵を並べて、ほんのわずかに異なる点を挙げる。どことはいえないがたしかに異なるところが駐車場の風景にはあった。
69: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/01/28(土) 23:07:23.90 ID:8ENUCYV1O
戸崎「かまわん。懸賞金の噂は亜人の目撃情報を集めるのに役立つからいままで訂正してこなかっただけだ。彼女が記者会見で情報を呼びかけるというなら、懸賞金より効率的に集まるだろう」
戸崎は素っ気なくこたえ、下村に視線をむけた。
70: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/01/28(土) 23:09:33.31 ID:8ENUCYV1O
戸崎が例にあげたのは、スーダンで活動する奴隷反対を使命のに掲げるとあるNGOのことだった。かれらは第二次スーダン内戦以降悪化する国内情勢のなか、暴虐をふるう民兵たちによって誘拐され、虐待され、奴隷として売り払われる人びとを救うために行動を開始した。
人間の尊厳と権利を守るためにかれらが最大の力をいれおこなったことは、奴隷の買取だった。不幸にして奴隷に身をやつした人びとを自由へと解放するのに、かれらは金で解決するならと、すすんで誘拐者や奴隷商人に金銭を支払った。役にたちそうにない奴隷でも、いやだからこそ、善意のかれらは金を支払うことをためらわなかった。そして買い取られた奴隷たちは自由になった。NGOの人びとの善意は満たされた。奴隷商人たちはあらたな上客ができたことをよろこんだ。需要があれば供給がある。システムに無理解な善意あるいは良心はこういうことを引き起こす。
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