70: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/01/28(土) 23:09:33.31 ID:8ENUCYV1O
戸崎が例にあげたのは、スーダンで活動する奴隷反対を使命のに掲げるとあるNGOのことだった。かれらは第二次スーダン内戦以降悪化する国内情勢のなか、暴虐をふるう民兵たちによって誘拐され、虐待され、奴隷として売り払われる人びとを救うために行動を開始した。
人間の尊厳と権利を守るためにかれらが最大の力をいれおこなったことは、奴隷の買取だった。不幸にして奴隷に身をやつした人びとを自由へと解放するのに、かれらは金で解決するならと、すすんで誘拐者や奴隷商人に金銭を支払った。役にたちそうにない奴隷でも、いやだからこそ、善意のかれらは金を支払うことをためらわなかった。そして買い取られた奴隷たちは自由になった。NGOの人びとの善意は満たされた。奴隷商人たちはあらたな上客ができたことをよろこんだ。需要があれば供給がある。システムに無理解な善意あるいは良心はこういうことを引き起こす。
戸崎「われわれ公人は国民全体の利益、最大多数の最大幸福を追求するため、感情に流されることのない冷静な判断が必要とされる。少数を切り捨てることがあったとしても、それを実行できる人間でなくてはならない」
下村は戸崎の話を聞いていたが、肯定の返事をしない口実にするため車の運転に集中した。下村の意識はフロントガラスに一瞬だけ映ったかと思うともう上に飛んでいく車道の灯りとヘッドライトに照らされた車体の下を流れていく道路から、さっき戸崎が自分に言い聞かせたことにむかっていた。
戸崎さんはああ言ったけれど、と下村は考えた。功利を定めるのに、良心や善意といった利他的感情はけっして無力というわけではないのではないか。現代における社会では相互互助が目指されている。建前にすぎないと笑うのは簡単だが、すべての人間が笑い飛ばせば、それは誰ひとり笑う者のいない最悪のジョークになってしまう。利他的感情は万能とはいえなくとも、それらはある種の基準となりうるはず。わたしがそれらを押さえ込む場面を想像するのはむずかしいが、そうしなければ仕事はできない……
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