63: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/01/28(土) 22:56:24.52 ID:8ENUCYV1O
空調が咳き込んだような音を出した。戸崎はその音を耳障りに思ったのかいったん言葉を切り、首をすこし傾け天井を見上げた。美波は戸崎が話を再開するのを待った。必死に。意識を耳に集中しているのに、時計の針の音や空調がごうごう鳴る音はどういうわけか聞こえなかった。
戸崎「厚生労働省のホームページにも記載されていることですが、一般人はおろかマスメディアの人間もこのことをほとんど知らない。公的機関による情報公開の限界を感じますよ」
その後の聴取は型通りに進んだ。聴取の最後に、戸崎は弟が亜人だったことについてどう思っているか率直な質問をした。美波はそれには答えず、すこしの沈黙を挟んでから言った。
美波「家族でも会えないのは、あくまで現状ではということなんですよね?」
戸崎は、もちろん、とだけ言い残して応接室から出ていった。聴取がおわったあと、美波は戸崎の言ったことの意味をじっくりと時間をかけて考えてみた。多くを望めない状況だということをあらためて思い知らされた。諦めなければならないことはあまりに多かった。人生がおおきく変わる出来事で、良くない方向にハンドルが切られている。すでに。美波の意志とは関係ないところで。
だが自分のやるべきことも見つかった気がした。それを考えるために必要な力を身体から絞りだそうと努力してみたが、疲労を積み込み過ぎた身体はそれを拒否した。
瞼が自然に落ちて、連鎖するように上半身が前のめりになり頭が膝の上にゆっくり沈んでいった。美波は意識が消える瞬間の暗闇を見た。ーーああ、またあの夢ーーそれだけが最後の残り火のように思い浮かび消えた。まるで死んだように美波は眠りに入っていった。
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