23: ◆uYNNmHkuwIgM[sage saga]
2020/06/12(金) 22:02:10.03 ID:BHjCA0Mo0
なんでって...それは絶対に言いたくなかった。情けなくて、カッコ悪くて、絶対に口になんてできない。姉さんの鋭い目から逃げるように、視線だけ下に逸らす。姉さんは逃げ場を塞ぐように、強さを増した口調で問いかける。
「もう一回言うけど、お母さんと私のお給料で、家のお金は十分。陸を大学に行かせてあげるだけの貯金も十分にある。陸もそれはきっとわかってると思うの。」
24: ◆uYNNmHkuwIgM[sage saga]
2020/06/12(金) 22:03:48.11 ID:BHjCA0Mo0
姉さんも相当頭にきているようだ、言葉の端々から怒気が漏れ出ている。もう何年も聞いたことのないような強い口調だ。だけど、こっちもキューっと喉元まで上がってきてる怒気を抑えるだけで精一杯なんだ。
「離せよ。」
25: ◆uYNNmHkuwIgM[sage saga]
2020/06/12(金) 22:05:56.09 ID:BHjCA0Mo0
姉さんはカッコよくて、俺の憧れだった。
いや、今じゃ形や熱は変わっているけれど、根本的には変わらず同じ感情を抱いてるのだと思う。姉さんはいつもアイドルを頑張って、家事をしてくれて、俺を守ってくれる絵本の中の強いお姫様。
26: ◆uYNNmHkuwIgM[sage saga]
2020/06/12(金) 22:07:46.69 ID:BHjCA0Mo0
数日後、
俺はあるカフェの奥の席で人を待っていた。コーヒーをブラックのまま口にする。苦味が口に広がって、思わず顔をしかめてしまう。でもまぁ、今の家の空気よりはマシな苦味だけど...なんて、その苦味の元凶が言うのはズルイと思いつつ、スマホの時計を確認する。
27: ◆uYNNmHkuwIgM[sage saga]
2020/06/12(金) 22:09:30.42 ID:BHjCA0Mo0
そう、俺が待っていたのは、かつて765プロシアターで姉さんたちのプロデューサーをしていた人、通称プロデューサーさんだ。姉はもうシアターを卒業して、765プロに直接出入りしているらしい。その頃から、俺もプロデューサーさんには会ってない。
プロデューサーさんは、久しぶりに自分を訪ねてきた生徒を迎える先生のような笑顔で俺に話しかけてきた。
28: ◆uYNNmHkuwIgM[sage saga]
2020/06/12(金) 22:10:56.86 ID:BHjCA0Mo0
唐突な俺のお願いに、プロデューサーさんは驚いたようだった。無理もない、段階も踏まずにいきなり話を切り出したから。プロデューサーさんはまだ言葉を飲み込めていない様子で、俺に尋ねる。
「えっと、陸君がアイドルになりたいの?」
29: ◆uYNNmHkuwIgM[sage saga]
2020/06/12(金) 22:12:52.70 ID:BHjCA0Mo0
「で、どうでしょう?」
俺がそう促すと、プロデューサーさんは考えるそぶりもなく答えた。
30: ◆uYNNmHkuwIgM[sage saga]
2020/06/12(金) 22:15:12.21 ID:BHjCA0Mo0
プロデューサーさんの表情から柔らかさが消える。俺が今まで見たことのない、真面目な仕事の顔になって話を始めた。
「我々はね、スターを育て上げることが大事だけど、もっと大事なことがあるんだ。それは、スターの才能を持つ子をスカウトすること。」
31: ◆uYNNmHkuwIgM[sage saga]
2020/06/12(金) 22:17:00.79 ID:BHjCA0Mo0
そう言うと、プロデューサーさんは柔和な表情に戻った。理由を聴きたいというのは本当の真剣な話で、でも俺が話しやすいように、一旦仕事モードをオフにしたんだと思う。はぁ...これは話さないわけにはいかないみたいだ。
「姉はずっと俺と母さんを守ってくれました。多分、いろんなものを犠牲にしたと思うんです。だけど、俺はそれを知らなくて、甘えてました。」
32: ◆uYNNmHkuwIgM[sage saga]
2020/06/12(金) 22:18:32.55 ID:BHjCA0Mo0
そんな俺の話を静かに全部聞いてくれた後、今度はプロデューサーさんが話を始めた。
「昔さ、俺は野球部のキャプテンになったことがあったんだよね。」
33: ◆uYNNmHkuwIgM[sage saga]
2020/06/12(金) 22:20:09.79 ID:BHjCA0Mo0
そこまで話して、プロデューサーさんは改めて俺にアイコンタクトを送り、一息つく。なんとなくその意図を理解する。どうやらこれから本題に入るらしい。
「君は志保みたいに『強くなりたい』と言った。確かに北沢志保は男性だけじゃなくて、女性にも憧れられるような本当に芯のある強い人だ。」
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