芹沢あさひ「この雨がいつか止んだなら」
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14: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:05:34.25 ID:hoMUvMIQo

 ふと気がつけば、私の右手には傘がある。
 さっきの少女が持っていたものと同じ、水を編んだように青く透明な傘が、望んだわけでもないのに握られている。

 こんなもの、と思った。
以下略 AAS



15: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:06:10.10 ID:hoMUvMIQo

「――」

 翳した傘を叩きつける雨の音は、その勢いを一層増したように思えた。
 あんなにも穏やかに落下していた雨粒は、水色の傘に触れた瞬間、鮮やかに爆ぜ、火花が散るみたいに細かい破裂音をけたたましく耳元で響かせる。
以下略 AAS



16: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:06:38.39 ID:hoMUvMIQo

「着いたよ」

 そんな声が遠くに聞こえて、私は徐に目を開く。
 外の景色は既に流れを止めている。窓の外にはペットショップ、その上が私たちの事務所。
以下略 AAS



17: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:08:22.74 ID:hoMUvMIQo

  *

 そしてすべての音が消える。文字通りにあらゆる音が、世界の秒針さえも巻き添えにして、ちょうど三小節分だけ消える。
 ちゃんと覚えている。その空白は言葉にすると短いようで、実際にはとても長く感じられる。
以下略 AAS



18: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:08:59.91 ID:hoMUvMIQo

 それほど派手に動くような曲じゃない。だけど、これはきっと、感情を込めて表現すべき曲だった。
 エレキギターのカッティングと一瞬の空白を挟んで、いよいよ最後のサビへと流れ込む。
 メロディラインの起伏をなぞるようにして、私の手足は好き勝手な軌道を描いていく。
 いまの私はきっと操られている。この曲が宿した透明な想いの糸に結ばれて、喩えるならマリオネットみたいな感じで、音符の羅列が望んだようにだけ動いている。
以下略 AAS



19: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:09:28.76 ID:hoMUvMIQo

「もう、そんな時間っすか?」

 額から伝う汗を手の甲で拭いながら、部屋の隅に掛けられているはずの時計を探す。
 時計の針は一二時を四分の一ほど過ぎた辺りを指していた。
以下略 AAS



20: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:09:58.52 ID:hoMUvMIQo

「時間を過ぎたら止めてくれて構わないって、いつも言ってるのに」

 自分のちょうど真正面、鏡の両側に設置された小型のスピーカーから、さっきまでと同じ曲がまた最初から流れている。
 もう既に何百回と聴き込んでしまったそれは、世間にはまだ公表されていない、私だけの唄だ。
以下略 AAS



21: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:10:36.90 ID:hoMUvMIQo

 靴底が擦れるたびに、キュッ、とスタッカートの効いた音が鳴る。
 
 その音はここ以外だと、たとえば学校の体育館くらいでしか聞くことのできない、かなり珍しい類のものだけれど、私はこの摩擦音が身体に染み込んでいく感覚をそれなりに気に入っていた。
 ステップを一つ刻むたび、その音一つ分だけの質量が自分から欠け落ちるような、窓明かりに染まったこの部屋と同じ色に近づけるような、そんな気がするから。
以下略 AAS



22: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:11:24.76 ID:hoMUvMIQo

 私が確認を終えるのとほとんど同時に、ギィ、とやけに年季の入ったような唸り声が後方から、静まりかえった部屋の中央へ転がっていく。
 その音を合図に私は無人のレッスンルームに背を向けて、それからプロデューサーさんの後を追いかけた。
 空調の電源はすでに彼が切ってくれていた。
 
以下略 AAS



23: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:12:28.26 ID:hoMUvMIQo

 他愛もない会話を交わしているうちに、いつの間にか扉の列はふっと途切れ、幅の広い折り返し階段に行き当たる。
 このフロアは四階で、かつ最上階でもあった。
 私は特に気にしていないけれど、一方のプロデューサーさんはここを通るたびに、エレベーターがあればいいのにな、と口癖のように言う。
 たしかにあれば便利だろうとは思うけれど、あってもどうせ使わないだろうなとも思う。
以下略 AAS



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