芹沢あさひ「この雨がいつか止んだなら」
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135: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:22:37.16 ID:hoMUvMIQo

 透明な暗闇が空を太陽ごと覆い隠して、夜明けがそのヴェールを静かに攫っていく。
 たったそれだけのことで、昨日の出来事が全部、遠い昔のことのように思えてくるから不思議だ。
 実際、あんなにも長いと感じた一日だって、それをたとえば日記帳なんかに書き起こしたとして、四桁にも満たない文字数で案外書き切ってしまえるのではないかという気がする。
 
以下略 AAS



136: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:23:05.13 ID:hoMUvMIQo

 歩き始めて最初に行き当たった横断歩道は赤信号だった。
 比較的、車の往来が激しい道だった。手持ち無沙汰に通学鞄の中身を確かめる。
 今日は諸事情で遅刻することになっている上に体育と音楽とが重なっているから、教科書の類はかなり少なめだ。
 それらの間に青色のクリアファイルが挟まっていることを確認して、それからまた両肩に引っかける。
以下略 AAS



137: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:23:34.86 ID:hoMUvMIQo

 改札を潜り、ホームに並ぶ。人影は疎らだ。
 いつもより出発時間を早めて正解だった。
 人混み自体はそれほどでもないけれど、狭くて窮屈な場所、具体的に言えば朝七時半過ぎの駅のホームなんかはかなり苦手だ。
 まるで海の底を歩いているような気持ちになるから。
以下略 AAS



138: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:24:04.87 ID:hoMUvMIQo

 見慣れた景色の中を列車は走っていく。
 途轍もない速度で移動しているはずなのに、しかし遠くに張りついた町並みはほとんど静止しているようにみえるという現象が、不思議で不思議で仕方がなかった時期があったことをふと思い出す。
 いまはそうじゃない。
 いまの私はこの現象の理屈を分かっているし、完全ではないにせよ、聞き齧った物理の知識を使えばある程度なら説明できる。
以下略 AAS



139: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:24:38.88 ID:hoMUvMIQo

 私とあの人は多分、ほとんど同じような世界を眺めながら一緒にいた。
 勿論、完全に一致していたわけじゃない。
 むしろ食い違っている部分のほうが圧倒的に多かっただろう。
 それでも、私たちはきっと同じ世界をみているのだと信じられるほどには似通っていた。
以下略 AAS



140: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:25:09.06 ID:hoMUvMIQo

 次に停まる駅の名前を告げるアナウンスが車内に流れる。
 架橋を越えて最初の駅、私はそこで列車を降りた。
 エスカレーターで一階まで下りて、改札を潜り、西口から出て徒歩数分。
 こうしてみると、事務所は意外と近くにある。
以下略 AAS



141: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:25:48.35 ID:hoMUvMIQo

「おはよう」

 すると、私からみて右側、キッチンのほうから、白いマグカップと一緒にスーツ姿のプロデューサーさんがふらりと現れた。
 右手に持った小さな器からはこれでもかとばかりに湯気が立ち上っている。
以下略 AAS



142: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:26:23.72 ID:hoMUvMIQo

「プロデューサーさん、珈琲なんか飲むんすね。知らなかったっす」
「まあ、基本的に朝にしか飲まないからな」
「美味しいっすか?」
「いや、別に。一口飲んでみるか?」
以下略 AAS



143: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:26:54.32 ID:hoMUvMIQo

 窓際に置かれている直角型のソファの一番端に彼は腰かけた。
 私は同じソファのもう一方の端っこにぺたりと座り込む。
 ちょうど私たち二人は対角線上で向かい合っている形だ。
 その間には小さくて使い勝手のよさそうなテーブルが、しかしお互いになんとか手が届きそうというくらいの絶妙に離れた場所にあった。
以下略 AAS



144: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:27:39.06 ID:hoMUvMIQo

 その内容とは、いずれ発売する予定だった私の曲の歌詞を、他でもない私自身が書くというものだ。
 あの人が置いていった仕事は他にも幾つかあったけれど、私とは直接関係のないものを全部合わせても、最後の最後まで残ったのはこれだった。

 作詞なんてやったことは、遊びでさえ一度もなかったけれど、いざ書き始めてみれば思いのほかスラスラと言葉は並んでいった。
以下略 AAS



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