109: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:06:49.70 ID:hoMUvMIQo
手に掴んだ言葉はあまりにも唐突で、なのにこれ以上ないほど滑らかに声へと変わる。
その答えを、あるいはもっと綺麗に伝える方法があったのかもしれないと思う。
たとえば階段を一段ずつ丁寧にのぼるみたいに、もっと自然な過程を経て、そうしてここまで辿りつく方法が他にもあったのかもしれないと思う。
110: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:07:24.99 ID:hoMUvMIQo
「答えなんて、本当は何でもよかったんす」
それは今日ここまで運んできた言葉の一つだった。
111: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:07:56.48 ID:hoMUvMIQo
傘を叩きつけていた雨の音は、ふと気がつけばぴたりと止んでいた。
それまでは空を遮っていた黒色の傘が視界の外に消えていく。
そのかわりに顔を覗かせた空は依然として曇っていた。
天気予報がどう言っていたかは知らないけれど、でもなんとなく、もう一度降り出すということはないんじゃないかという気がした。
112: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:08:39.25 ID:hoMUvMIQo
「よく言ってたよ。自分が隣にいるせいで、あさひの人格を傷つけたくないって」
「どういう意味っすか?」
「さあ。俺はあの人じゃないから分からないけれど、多分、そのままの意味なんじゃないかな。自分の色に染まっていくあさひの様子を、あの人はあまり良しとはしていないようだった」
「まあ、そうっすね。あのときの答え自体がそういう意思表示だったんだと、いまでは思うっす」
113: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:09:30.18 ID:hoMUvMIQo
しばらくして風が止み、ぎゅっと結んでいた目を開くと、辺りの空気は微かな熱を孕んだ光に薄らと染め上げられていた。
あんなにも重たく塞いでいた曇天はついに解けて、その隙間からは白くぼやけた青色が幕のように降り注いでいた。
コントラストの効いた空だった。
114: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:10:01.35 ID:hoMUvMIQo
私は目を閉じて、深く息を吸う。それから、彼の言葉を内側で繰り返した。
私はプロデューサーのことをいまでも好きだろうか?
いつかの私は本当にプロデューサーのことが好きだったのだろうか?
115: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:10:37.39 ID:hoMUvMIQo
雨音みたいな耳鳴りが、いまもまだ胸の奥でたしかに響いている。
それは、空っぽで何もなかったいつかの私を深く満たしていたノイズの残滓だ。
それに代わる何かを、しかし私は未だに見つけられていない。
だから、怖かった。
116: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:11:06.82 ID:hoMUvMIQo
出来る限りの力で思いっきり手を伸ばした。
すぐ目の前に見えていた、たった一つの答えに向かって。
圧し掛かる恐怖を振り払う必要なんてなかった。
117: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:11:32.97 ID:hoMUvMIQo
「好きっす」
口を衝いたように飛び出したそれは、だけど間違いなく私の言葉だった。
118: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:12:01.76 ID:hoMUvMIQo
「言いたい文句なんてもちろん色々とあるっすけど、でもやっぱり、私はプロデューサーのことが好きっす。これまでも、そしていまも、嘘偽りなく」
そう言いながら、自分でも驚いていた。
いつかの私はその感情を言葉にしてしまうことに酷く怯えていたはずなのに、いまは吸い込んだ息を吐き出すのと同じくらいに自然と口にすることができる。
119: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:12:30.07 ID:hoMUvMIQo
「よかったよ」
すっかり濡れてしまった傘を片手に、彼はようやく笑った。
雨上がりの空みたいに暖かく透き通った笑顔だった。
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