1:名無しNIPPER
2019/08/14(水) 12:39:21.25 ID:aPF//t8SO
深夜の鎌江浜には絶世の美女の幽霊がいて、暗闇の海へ人を誘う。
そんな言い伝えをばあちゃんから聞いたのは、まだ俺が小学生だった頃だ。高校生にもなってそんなものを信じているわけではないけれど、当時は親と一緒でも夜の海には近付かないように気をつけていた。
夏休み初日にこんな深夜に海辺を散歩しているのはとても浅い理由がある。
「あの噂、本当かどうか確かめようぜ。毎日一人ずつ、海辺に行って確認しようぜ」
幼馴染の佐々部の発言だ。幼馴染と言っても、狭い岸辺島にいる同級生は十人程度で、高校全体でも三十人はいないくらい。学校全員が幼馴染と言っても過言ではない。つまり、学校全員がそれをしてしまえば、夏休み期間はほぼ毎日確認をすることができる。大がかりな話にしたものだ。
ともあれ、佐々部の提案をなぜか全員が受け入れてしまい、今日が俺の出番になった。娯楽の少ない田舎では、こうやって自分達で何かを考えないと遊ぶこともできない。夏休みにできることで思いつくのは、他には釣りと、来週に開かれる夏祭りくらいだろうか。
つまりは、俺もかなりの暇人ということだ。暇つぶしには、まあ悪くない。
街灯もない夜の砂浜は今でも少し不気味で、親のお古のスマホで足元を照らしながら歩いて行く。島の中は携帯圏外で、島外に働きに出ている父親が買い換えたものをおもちゃで使っている。
佐々部の指定した浜辺を端から端まで進んで行った、そこで。
遠目に一か所、堤防の上が少し明るく見えた。この時間には住居以外には光るものなんて思いつかず、不審に思いつつも歩みを進めていく。
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2:名無しNIPPER[saga]
2019/08/14(水) 21:53:00.69 ID:3RPf7FsGO
本当に幽霊か? いやいや、そんなはずはない。
言い聞かせて足を進めると、その光は勘違いでは無く、確かに光っているのだと確信できた。いよいよ本格的に心霊現象の類かと、電波の入らないスマホをカメラモードに切り替えた。これで写真を撮って佐々部に見せてやろう。
ズームにすれば何となくそれが見えるくらいの距離まで近づいた。液晶を確認すると、
3:名無しNIPPER[saga]
2019/08/14(水) 21:54:22.80 ID:3RPf7FsGO
息も絶え絶えに走っているが、その幽霊も延々と後ろから「待ってって、ねえ!」と叫び追いかけてくる。どちらが先に諦めるかのレースになってしまった。
走っては少し振返り、走っては少し振返りをしていたところで、サンダルの鼻緒がちぎれてしまった。そして、そのままバランスを崩して砂浜に前のめりにこける。
「ちょっと、大丈夫?」
4:名無しNIPPER[saga]
2019/08/14(水) 21:55:45.29 ID:3RPf7FsGO
「私を幽霊と勘違いした?」
事情を説明すると、彼女は笑い飛ばした。あははは、とこれまた大きな声だった。
どうやら彼女は幽霊ではなく、島外から来た人らしい。俺が心霊現象だと勘違いした光は、スマホの光だったようだ。
5:名無しNIPPER[saga]
2019/08/14(水) 21:57:16.93 ID:3RPf7FsGO
本当の意味で何も無いこの島に来る人なんて年に一人いるかいないかで、基本的に船に乗るのは島外で働く人たちか、家族を島に残した人たちくらいだ。純粋な島外民を対象に
するのであれば、民泊はあってもなくても変わらない。それでも唯一生き残っていた民泊も、経営していたうちのばあちゃんが一昨年に亡くなった。
昨年は誰も観光客が来なかった(俺が知らなかっただけかもしれないが)から関係はなかったけど、お客さんがもし来ればうちで預かろうというのがルールになっていた。
6:名無しNIPPER[saga]
2019/08/14(水) 21:58:37.02 ID:3RPf7FsGO
ドキドキした気持ちであまり口が動かずに、彼女の問いかけにどうにか返事をするので精いっぱいだった。こんな時間に急にうちに泊まりに来て迷惑じゃないか、とか。島の全長とか、住民についてだとか。
つまらない男と思われないだろうか。島外の美女の彼女からすると、きっと俺は刺激も何もない、平凡な男に過ぎないのだろうけど。綺麗な女性に少しでも良く思われたいというのは、きっと誰もが頷いてくれる理論だ。
「尾関さんは、何で島に?」
7:名無しNIPPER[saga]
2019/08/14(水) 21:59:25.05 ID:3RPf7FsGO
あまり聞きなれない言葉に、その意味を理解をするまで数秒かかった。
「はぁ」
質問をしたことを後悔して、反応に困った結果がこれだ。観光名所というわけでもないが、わざわざ自殺にうちの島を選ぶというのも、真意とも捉えづらく、しかしそんなに重篤な悩みがあるのなら冗談だろうと笑い飛ばすこともできない。
8:名無しNIPPER[saga]
2019/08/14(水) 22:01:13.66 ID:3RPf7FsGO
「あらぁ、別嬪さんを連れて帰って」
自宅について母親を玄関に呼ぶと、母は目を丸くして驚いた。女性から見ても、瑞穂はやはり美人に見えるらしい。
初めての来客に、母は慌ただしく対応をする。二階の角の俺の隣の部屋を使ってくれ、トイレはどこ、風呂はどこ、食事は何時と説明し、瑞穂は一々それに頷いて返す。夕食がまだだった彼女のために、簡単な食事を作るらしい。それまでに風呂を済ませてくれと、瑞穂の荷物を客間に運ぶと、そのまま俺は自室に戻った。
9:名無しNIPPER[saga]
2019/08/14(水) 22:03:15.01 ID:3RPf7FsGO
瑞穂を待つ間、一人で居間にいるのも何だか寂しくて、国営放送だけが映るテレビの電源を入れた。小難しいニュースが流れ始める。意味はあまり分からないが、とりあえずそのままにしてぼーっとしていると、居間の襖が開いた。
「良いお湯でした……凄い、ご馳走だ」
風呂からあがった瑞穂が、ラフな服装で入って来た。テーブルの上に並ぶものに目を丸くして驚いていると、母さんが台所から顔を出して「召し上がれ」と声をかけた。「ありがとうございます、いただきます」と礼儀正しく返し、座布団に座って手を合わせた。
10:名無しNIPPER[saga]
2019/08/14(水) 22:04:24.62 ID:3RPf7FsGO
「ご馳走様でした、美味しかったです。残しちゃってすみません」
「お粗末さまでした。張り切って出し過ぎちゃったね、ごめんなさいね」
母さんが食器を下げ始めて、俺もそれに倣う。立ちあがろうとした瑞穂には「お客さんがそんなことしないの」と窘めていた。
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