57: ◆v0AXk6cXY2[saga]
2019/08/17(土) 18:10:58.05 ID:9YnfOZCp0
「これが……?」
『うん。少なくとも……俺にとっては、間違いなく。そういう人を、世に出したいと思ってる』
何とは言わず、俺は肯定した。そしてもう一度再生されるそれを、まるで初めて見るモノのように、熱心に見る彼女の横顔を見る。
58: ◆v0AXk6cXY2[saga]
2019/08/17(土) 18:11:25.03 ID:9YnfOZCp0
□ ―― □ ―― □
「……なんでそこまで、必死なの。私くらいの人なんてどこにでもいるじゃん」
59: ◆v0AXk6cXY2[saga]
2019/08/17(土) 18:11:59.08 ID:9YnfOZCp0
「“アイドル”って、何なの」
きっとそれは、彼女が持つ疑念の根底となるものなのだろう。それはさっきの、なぜこんなにも必死なのかという問いかけに答えるものでもあるのかもしれない。
ゆっくりと俺は目を閉じる。“アイドル”とは何か。その自問自答は何度でもやってきたことだった。それに、自分なりの答えはある。ただ、明確に言葉にはしてこなかった。
60: ◆v0AXk6cXY2[saga]
2019/08/17(土) 18:12:31.14 ID:9YnfOZCp0
『クラスの人気者の面白くもない馬鹿話に笑ったふりをするばかりで、なんのために生きてんだろうって思うぐらいで。流されるまま生きるだけの存在』
その言葉に微か、彼女が目の前で身じろぐ。ああ……そうだよね。君も、そうなんだよね。交番で彼女の目の奥に感じた既視感の正体が今ならわかる。
それはきっと、漠然とした将来への不安と、熱意を向ける先のないことへの焦燥。つまらない日常をただ流されるだけの日々に、このままでいいはずがないと思っていても……何をすればいいのかわからない無間地獄のそれ。
61: ◆v0AXk6cXY2[saga]
2019/08/17(土) 18:13:01.45 ID:9YnfOZCp0
『――ああ、すげえなって。俺はあんな人にはなれないけれども、でも“憧れるな”って』
その時から俺の中のすべてが変わった。漠然と農家を継ぐんだろうというよくわからない将来像しかなかったのに、“アイドル”に携わる仕事がしたいと思った。そんなことは初めてで、あまりの熱中ぶりに親父やお袋に随分迷惑を掛けた。
そして見つけた。“アイドル”を世に送り出す仕事を。プロデューサーと呼ばれる存在になりたいと心底思った。
62: ◆v0AXk6cXY2[saga]
2019/08/17(土) 18:13:28.71 ID:9YnfOZCp0
『君は俺の人生を変えてくれた。“君の”プロデューサーになりたいって、脇目も振らずに思ってる。……だから君は俺にとって、もう“アイドル”なんだよ』
あっけに取られている彼女に、俺は内ポケットから名刺入れを取り出した。中には数枚の無地の名刺。俺の名前と連絡先だけ書かれた、シンプルに過ぎるそれ。
その一枚を抜き出して、彼女の前に差し出す。
63: ◆v0AXk6cXY2[saga]
2019/08/17(土) 18:13:57.73 ID:9YnfOZCp0
『三日後の土曜日、午後二時。あの交番の前の広場で待っています。……それで、最後にしますので。どこにいたって、見つけ出して見せます』
まるで学生の告白のようだ、と内心で自嘲する。そう、それが俺のタイムリミット。それは言わなかった。同情を買いたいわけじゃあないし……夢は売っても同情を買うのはプロデューサーの仕事じゃないって、そう思うから。
だからだろう。彼女は頷かなかった。けれども否とも言わなかった。
64: ◆v0AXk6cXY2[saga]
2019/08/17(土) 18:14:45.82 ID:9YnfOZCp0
本日はここまでになります。
次回が最後になると思います。早ければ夜半にでも。
ありがとうございました。
65: ◆v0AXk6cXY2[saga]
2019/08/18(日) 15:24:54.67 ID:BON9hvjh0
□ ―― □ ―― □
66: ◆v0AXk6cXY2[saga]
2019/08/18(日) 15:25:21.66 ID:BON9hvjh0
(はは、馬鹿はもともとだったかな)
小さく自嘲する。そうじゃなきゃ、こんなザマでプロデューサーになろうなんて思うはずもない。
するとその様子を見てとったのだろう。社長が尋ねてくる。
67: ◆v0AXk6cXY2[saga]
2019/08/18(日) 15:25:48.03 ID:BON9hvjh0
『け、結果的には、そうなるかもしれません。ですが、後悔はないです』
「……なるほど」
社長は何かを考え込む素振りをした。そして数瞬後、
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