4: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:08:39.49 ID:RAUxaTtJ0
なんでも松山さんが外国人を手本として選んだことは今までになかったらしい。松山さんが掲げる題目は「日本人女性を美しく見せるための着物」。それなのに私を選んでくださったのだ。
その意味がわからないほど私は幼くなくて。
今回のお仕事のために仕掛け人さまがどれほど努力してくださったかがわからないほど世間知らずでもなくて。
何度も電話をして掛け合ったり、たくさん資料を用意していたりしていたことを私は知っている。松山さんへ一緒にご挨拶しに行ったこともあった。
5: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:09:48.75 ID:RAUxaTtJ0
「で、どんなこと聞かれるって書いてるんだ?」
「ええと、そうですね……」
紙を一枚めくって質問項目が書かれているらしき部分に目を落とした。
6: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:10:37.01 ID:RAUxaTtJ0
「で、ですが! このお仕事はご縁だけではなくて、仕掛け人さまのお力があったからこそで……!」
先ほど仕掛け人さまへの感謝を忘れずに臨もうと決めたばかりなのにこの失態。つくづく大和撫子には遠いと感じる。
「なんだ、そんなこと。全然気にしてないよ」
7: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:12:11.64 ID:RAUxaTtJ0
*
五歳になってすぐのことだった。年が明けてもまだまだ寒い日が続いていて、外には雪が積もっていた。家の中から見ると柔らかそうに見える雪は実際のところ冷たくて硬い。
『Emily!』
8: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:12:58.96 ID:RAUxaTtJ0
『いつも帰りが遅いから休みくらいはエミリーをどこかに連れて行ってあげたいのよ』
お母さんがエプロンで手を拭きながら私に声をかける。持っていたお人形をそっと床に置いて確かめるためにお父さんの顔を覗き込んだ。
『そうなの?』
9: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:13:50.13 ID:RAUxaTtJ0
車で揺られて三十分ほど。
着いたのは大きな建物。その門の前に置かれた看板には『Japan Festival』の文字。また、知らない言葉だ。前を歩くお父さんに尋ねる。
『Japanってなに?』
『Nihonのことだよ』
10: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:15:15.85 ID:RAUxaTtJ0
次に入った部屋で見たのは、家の中で見たことのある器に似たなにかだった。いつかお父さんに教えてもらった気がする。
確か、Toukiだったような……。合っているかを確かめるためにその単語を口にするとさっきまで笑顔だったお父さんの頬が溶けそうなほどに緩んでいた。
展示品に当たらないようにゆっくり歩いていると、一つのToukiが視界に入る。なぜだか惹かれた。
『家にあるのと似てる……』
11: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:16:10.83 ID:RAUxaTtJ0
そうして入った次の部屋の光景に。
私は思わず息を呑んだ。心が奪われた。
見渡す限り、全く見たことのない景色と色と知らない世界で囲まれている。
木の棒にかけられた色とりどりの布がたくさん飾られていて、それはまるでカーテンみたいで。だけどカーテンのように薄くはなくて、波打ってもいなくて。
12: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:17:03.49 ID:RAUxaTtJ0
『ほら。ああいう風に着るんだ』
お父さんの指が示した先にいた女性。
少しくすんだような赤色のKimonoを身にまとい、Obiというらしいものを腰に巻いていた。
13: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:17:59.92 ID:RAUxaTtJ0
――ヤマトナデシコ
お父さんが口にしたその言葉に。
私は出会ってしまった。知ってしまった。
自分がいちばん美しいと感じたものの名前を聞いてしまった。
14: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:19:44.49 ID:RAUxaTtJ0
『あら、エミリー。ヤマトナデシコっていうのはね……』
『なれるよ。エミリーなら』
お母さんの言葉を遮ってお父さんが私の頭を撫でる。その手はあたたかくて優しくて、いつか本当になれる気がした。
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