2:名無しNIPPER
2019/05/25(土) 23:37:47.10 ID:9lPtmwgdO
固いベンチに腰を落ち着けていると、定刻より一分早くバスが到着しました
オレンジの塗装でピカピカに磨き上げられたその車に、乗り込み、紙で出来た整理券をもぎ取る
このバスの整理券というやつを、私は不思議に思っていた。紙で出来ているのにも関わらず硬貨と共に無造作に入れてもしっかりと機械が反応しているように見えます
3:名無しNIPPER
2019/05/25(土) 23:38:16.72 ID:9lPtmwgdO
車窓の外に流れる商店街は、私の持っていた記憶と所々変化していた
一本のアーケードを軸に立ち並ぶのは、飲食店、古着屋、花屋、八百屋。日本の商店街らしい古くからある無秩序さが、この街には有りました
あそこにあったあの店が無い、あのケーキ店は相変わらず派手な店構えをしている
4:名無しNIPPER
2019/05/25(土) 23:38:44.91 ID:9lPtmwgdO
窓の外を眺めていると左手に、曜の実家がちらり、と見えた
思えば、彼女は二年間もこのバスに揺られて登校していた。一日二日程度なら何とも思わないが、毎日数十分もバスに往復で揺られるとなると、想像しただけで少し気が滅入る
二人は一年の間同じバスで登校し、同じバスで下校していた。自分はその姿を、夕暮れ時にバスの窓から手を振る二人の姿しか見たことがありませんでした
5:名無しNIPPER
2019/05/25(土) 23:39:20.21 ID:9lPtmwgdO
沼津駅から内浦へと続く車道は細い一本道で、車幅のあるバスが反対車線の乗用車とぶつかってしまわないか、後ろに乗っているだけでヒヤヒヤします
この感覚は、子供のころから変わらない。歩くよりも何倍も速いスピードで目の前をすれ違う車たちに、私は原始的な恐れを抱いていました
私が、心の中で人知れず肝を冷やしているのにも関わらず、周りの乗客は澄ました顔で乗っている。何なら、どことなく呆けた、気の抜けた表情だ
6:名無しNIPPER
2019/05/25(土) 23:40:16.55 ID:9lPtmwgdO
延々と続く細い路地を抜けると、右手に海が見えてきた。建物で度々隠されてしまうが、ちらり、と覗かせる水色の煌めきは、間違いなく私たちが過ごした駿河の海だ
7:名無しNIPPER
2019/05/25(土) 23:40:58.91 ID:9lPtmwgdO
この先の長浜のバス停で降りるつもりであったから、手に握っていた硬貨は、予定より70円多く残っていました
バスが音を立てて走り去り、この先の道を更に南下していく。
そこにあった物は、何も変わらなかった。
8:名無しNIPPER
2019/05/25(土) 23:41:28.44 ID:9lPtmwgdO
バスの後を追って、私も徒歩で南下していく
くねくねと曲がるS字の道路のせいで、このあたりの道路は直線距離で考える以上にずっと時間がかかる
じりじりと照り付ける太陽は、私の長い黒髪に集まり、焼けるような熱を纏わせてくる
9:名無しNIPPER
2019/05/25(土) 23:41:55.68 ID:9lPtmwgdO
T字になっている交差点の横断歩道を越えた所で、スタートの準備をする。
足を半歩先に、体を前に。脇を閉めてスクールバックを体に寄せて固定する
アスファルトを蹴り上げる。後ろ脚を発条仕掛け玩具の様に弾ませて、私はランニングを始めます。日に焼けた地面の照り返しも無視して私は、目的地へと一直線に駆け出して行きました
10:名無しNIPPER
2019/05/25(土) 23:42:29.48 ID:9lPtmwgdO
千歌さんの実家が見えてきました、その右手には砂浜も広がっています
幾度となく練習した、思い出の砂浜です。いつだったか、手を取り合っ夕陽の中海へ入ったことも有りました
木の枝や、石の多く落ちたこの砂浜は、満ちては引いてを繰り返す波によって染められていました
11:名無しNIPPER
2019/05/25(土) 23:42:55.32 ID:9lPtmwgdO
水族館を越えた先のトンネルの入り口まで、私は一切のスピードを落とさずに走って来ました
洞窟の中は朱色で照らされていて、まるで日常とは切り離されたようでした。暖色に鈍く光る照明がどこか息苦しさを感じます
狭い歩道の中、私はまだ、走り続ける
12:名無しNIPPER
2019/05/25(土) 23:43:31.99 ID:9lPtmwgdO
トンネルを抜けて、再び海が見えてきました。もう目的地は目と鼻の先です
私は、脚を回すのを辞めません。体を駆動する度に、スピードをが上がっていく、その感覚がいやに心地良かったのです
キラキラと煌めく海が、私の心でした。
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