85:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 00:26:02.96 ID:SYS+AFC90
通された先のリビングは、夕美ちゃんの部屋ほど極端ではないにせよ、やはり色んな花のイイ匂いで一杯だった。
大きな窓から差し込む陽の光が部屋を明るく照らして、あたしが勝手に抱えている陰鬱な思いを少しだけ軽くしてくれる。
ジャスミンティーを淹れながら、夕美ちゃんのお母さんは申し訳なさそうに語った。
86:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 00:32:33.85 ID:SYS+AFC90
「そこの庭の隅っこに、ネットが架かっているのが見えますか?」
お母さんは、窓の外にある庭の一角を指差した。
パッと見、ネットというより布が架かってあるだけかと思ったら、よく見ると蔓みたいなのがビッシリと茂っている。
「アサガオです」
87:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 00:36:15.04 ID:SYS+AFC90
一緒に怒ってくれるかと思ったら、先生に裏切られちゃったわ、なんて、お母さんは冗談ぽく笑った。
とても楽しそうに、彼女は言葉を続ける。
「それからというもの、夕美はいつも先生を家に招いて、夢中で庭いじりをするんです。
ねぇ、この子はどこに植えたらいいの? 肥料をたくさんあげたら元気になる? ちょっとこの子は剪定しすぎちゃった? なんて、泥だらけになりながら先生に聞くんです。
88:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 00:42:56.74 ID:SYS+AFC90
小学校に行っても、夕美ちゃんの姿は無かった。
ただ、年配の先生がちょうど捕まったおかげで、話を聞くことができた。
夕美ちゃんのこともよく知っているみたいだ。
89:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 00:47:32.50 ID:SYS+AFC90
年配の先生の話が、夕美ちゃんの昔話になってきた。
どうせ言うことは決まっている。
あの子は良い子だった、優しい子だった。
興味深いけど、彼女を見つけたい今のあたしにとっては、聞くまでもない内容だ。
90:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 00:49:13.98 ID:SYS+AFC90
「まったく……ヘンなところで大胆すぎるよ、夕美ちゃんは」
と、ため息をついたあたしの鼻腔を、花の香りがふわりと刺激した。
91:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 00:51:46.43 ID:SYS+AFC90
――キンモクセイの花言葉は『大胆』だ。
少なくとも、あたしが作ろうとしているピンクのキンモクセイは、それだと決めている。
それはともかく。
92:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 00:56:26.98 ID:SYS+AFC90
一旦事務所に戻り、夕日が差し込むガレージに駆け込む。
ピンクのキンモクセイは健在で、夕美ちゃんが来た形跡は――ちょっと期待していたけど、やはり無かった。
でも、落ちこむことはない。
あたしの予測は確信に変わっている。
93:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 01:00:05.17 ID:SYS+AFC90
地方に出る電車は、夜遅くにも関わらず満員だった。
それは、普段電車を使わないあたしにとっては知る由も無い経験で、後ろの人から押されただけなのに、サラリーマンのおじさんから舌打ちをされた。
あたしもつい、にらみ返した。
大事なキンモクセイが潰される所だったのだ。
94:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 01:02:28.53 ID:SYS+AFC90
街灯が心許ない、真っ暗闇の道路をあの公園に向かって歩く。
身震いがしたので、コートのチャックを目一杯上げた。
春が近づいてきたとはいえ、陽が落ちれば吐く息が白くなるほどに寒くなる。
キンモクセイを下げた袋を代わりばんこに持ち替え、こまめに手を温める。
95:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 01:06:07.08 ID:SYS+AFC90
営業時間という概念が無いのか、公園の入口には柵もロープも架かっていない。
ポケットに手を突っ込み、無造作に置かれたペンキ缶に、ありったけのコインを入れる。
まるで神社だかお寺だか――どっちか分かんないけど、そういう超常的で不明瞭なものに祈ってすがるなんて、極めて非合理的だ。
だけど、きっとそういう感覚に近いものだった。
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