166: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:38:26.55 ID:1DFdeF0E0
その場を離れ、通路に出る。
目を閉じ、鼻から大きく息を吸い込む。
埃の匂い、金属の匂い、コンクリートの匂い、油の匂い、人間の匂い。
167: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:39:36.58 ID:1DFdeF0E0
「それを決めたのは、あたしのプロデューサーかにゃ?」
「うん」
捜索は打ち切るにしても、そのまま行方不明になられると困る。それよりは、ここで夕美ちゃんと合流してくれたほうが後が楽、ということだろう。
168: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:41:17.03 ID:1DFdeF0E0
夕美ちゃんの横に腰かける。
開いたドアから、かすかに音が届く。夕美ちゃんの曲、ほたるちゃんの歌声。
「聞こえる?」と問いかける。
169: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:43:02.72 ID:1DFdeF0E0
「志希ちゃん、懺悔しまーす」
「ざんげ? はい、どうぞ」
「さっきほたるちゃんに、けっこーキツいことを言ってしまいました」
170: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:43:50.01 ID:1DFdeF0E0
夕美ちゃんが苦笑する。
「私には、よくわからないなぁ」
それはそうだろう。あたし自身にも、なにを言ってるんだかよくわからない。
171: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:44:58.11 ID:1DFdeF0E0
12.
夕美さんの予定してた曲を終え、3人で歌うはずだったアンコールパートに入っても、志希さんは姿をあらわさなかった。残りのステージは全て、私に任せてくれたということなんだろう。
不思議と疲労は感じなかった。むしろ歌うほどに体が軽くなっていくようだった。
172: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:47:22.28 ID:1DFdeF0E0
お前は不幸じゃない、とプロデューサーさんは言った。
その言葉には、嘘がある。
プロデューサーさんが、以前私が所属していた事務所に妨害行為をおこなったというのは本当なんだろう。それならたしかに、私がクビになったことと、あの事務所が潰れたことは、私の招いた不幸じゃなかったのかもしれない。
173: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:48:26.35 ID:1DFdeF0E0
なんの前触れもなく、ふいに全てのライトが消えた。
予定の演出じゃない、なんらかの事故があったんだろう。
客席のほうで、ざわっと狼狽の声が上がりかける。
――『なにかあっても止められない限りは続けろ』
174: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:49:25.21 ID:1DFdeF0E0
喉が発した最後の一音が宙に吸い込まれ、静寂に包まれた。
それから、どこからともなくぱちぱちと拍手の音が鳴り始め、伝播していくようにホールを満たした。
立ち上がり、「ありがとうございました」と叫ぶ。声は拍手に飲まれて、自分の耳にすら届かなかった。
175: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:50:04.79 ID:1DFdeF0E0
*
プロデューサーさんから医務室に向かうように指示を受ける。荷物や着替えは、その部屋に運び込まれているそうだ。
本来の控室は立ち入り禁止になっているらしい。私が壊した、鏡や照明の破片が落ちているからだろう。
176: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:53:35.16 ID:1DFdeF0E0
夕美さんと志希さんが、並んでベッドに腰かけていた。
私は立ち尽くして、大人に叱られるのを待つ子供みたいにうつむいた。夕美さんの顔を、まともに見ることができなかった。
「ごめんなさい」と言った。
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