144: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/28(木) 00:45:13.72 ID:sg2qAd8w0
代わりにいくつかの疑問が浮かぶ。
この少女の不幸とは本物だろうか。偶然、あるいは無関係な出来事の責任を押し付けられているだけではないか。
また、例の噂は簡単に調べるだけで出てくる程度には広まっている。小さな事務所でも、経験者として雇用するのであれば過去の経歴ぐらいは調査するだろう。それにもかかわらず、今彼女が所属している事務所は、なぜ疫病神を採用したのか。
145: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/28(木) 00:46:17.66 ID:sg2qAd8w0
たしかに、と思った。この事務所の所属アイドル一覧の中で、ただひとり、白菊ほたるだけが笑っていない。
あえてそうするということはある。クールなイメージで売り出すため、表情を抑えめにというように。しかし、白菊ほたるのこれは、無表情というわけでもなく、言うならば『困り顔』のように見えた。わざとにしては、狙いがよくわからない。
「みんながみんな、笑ってなきゃいけないってものでもないでしょう」
146: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/28(木) 00:48:40.17 ID:sg2qAd8w0
*
翌日、白菊ほたるの所属事務所に電話をかけた。
自動応答のような女性の声が応じ、こちらが346プロのプロデューサーと名乗ると、《少々お待ちください》と言って、保留音が流れ始めた。
少し待って、横柄そうな野太い男の声に代わった。男は、この事務所の社長だと名乗った。
147: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/28(木) 00:50:06.30 ID:sg2qAd8w0
346が大手だから足元を見ている、という感じではなかった。
そもそも全く移籍させる気がない。あるいは、万が一その条件で受けてくれれば儲けものといったところだろう。しかし、現状の白菊ほたるは事務所の金食い虫でしかないはずだ。なぜ、そこまで強気になれる?
あきらめるべきだろうか。あの少女は偶然見かけただけに過ぎず、どうしても引き抜かなければならないという理由はない。それこそ、縁がなかったとでも思えばいいだけの話だ。
休憩ラウンジにコーヒーを買いに行く。ちょうど顔見知りのプロデューサーがいたので、声をかけてみた。
148: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/28(木) 00:51:36.94 ID:sg2qAd8w0
穏便に済ませるならば、自ら事務所を辞めてもらうというのが理想的ではある。違約金が発生するだろうが、移籍金代わりに346プロでそれを持てばいい。おそらく、そこまで大した金額にはならない。
しかし、彼女は事務所の寮(実際はボロアパートを事務所名義で借り上げているだけだ)に住んでおり、最低保障のわずかな賃金で日々の暮らしをやりくりしている。
今の事務所を辞めるというのは、生活の基盤を失うと同義だ。あまり積極的に大きな変化は望まないだろう。話がこじれて、こちらの事務所に悪印象を持たれても困る。
まず、いつかの雑誌記者に電話をかけた。
149: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/28(木) 00:53:16.09 ID:sg2qAd8w0
さすがに会社のカネを使うわけにもいかず、記者への報酬は自分のポケットマネーから出した。
それから、向こうの事務所の主要な仕事先に出向いた。同じ業界内のことだし、たいていのところは346とも付き合いがある。特に顔見知りがいないところでも、名刺を1枚渡せばどこも喜んで歓待をしてくれた。
適当な雑談を交わし、機を見て「ところで」と切り出す。
150: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/28(木) 00:54:42.34 ID:sg2qAd8w0
1週間ほど経って、例の事務所から電話がかかってきた。どうやら番号は一応控えていたらしい。
《以前おっしゃっていた、白菊の移籍の件ですが》
前のときより、いくらか疲れているような社長の声が届く。不思議なことに、消沈していてもまだ横柄そうに聞こえた。
151: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/28(木) 00:59:33.52 ID:sg2qAd8w0
あの事務所にはひとりだけ、それなりの人気を博しているアイドルがいる。
彼女の予定を調べ、仕事が終わってひとりで歩いているところに声をかけて名刺を渡した。
君の活躍は知っている、しかしあの程度の事務所にいては先が見えている、君は本当はもっと大きな舞台に立てるはずだ、と適当に思いついた言葉を並べ立て、近くの喫茶店に誘う。
彼女は黙秘権を行使するように口をつぐみつつも、後についてきた。
152: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/28(木) 01:00:27.08 ID:sg2qAd8w0
2日後の15時ちょうど、同じ喫茶店を訪れた。
彼女は先に店に入っていて、チーズケーキをつつきながら紅茶をすすっていた。俺は席にはつかず、彼女の前に立って、テーブルの上に一通の封筒を置いた。
「これは?」と怪訝そうに問う彼女に、「紹介状」と答える。
153: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/28(木) 01:02:43.29 ID:sg2qAd8w0
テレビ局に入ると、ちょうどスタジオから白菊ほたるが出てきたところだった。撮影は中止になったらしい。
少し離れて後を追う。建物の外に出て少し歩いたところで、白菊ほたるが思い出したように携帯電話を取り出し、どこかにかけ始めた。
話しながら、今にも卒倒してしまいそうに顔色を失う。やりとりを聞かなくても、良い内容ではないというのは十分にわかった。
通話を終えた白菊ほたるが夢遊病者のような足取りで公園に入る。公園には彼女の他には誰もいなかった。
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