146: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/06/28(木) 00:48:40.17 ID:sg2qAd8w0
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翌日、白菊ほたるの所属事務所に電話をかけた。
自動応答のような女性の声が応じ、こちらが346プロのプロデューサーと名乗ると、《少々お待ちください》と言って、保留音が流れ始めた。
少し待って、横柄そうな野太い男の声に代わった。男は、この事務所の社長だと名乗った。
《それで、ご用件は?》と男が言った。
「御社のアイドルをひとり、うちの事務所に移籍させる気はないかと」
《――ああ》
男はぺらぺらと所属アイドルの輝かしい経歴を語り始めた。しかし、話しているのは白菊ほたるのことではない、別のアイドルの話のようだった。
「おそらく、別の方のお話をしていると思います。こちらが言っているのは、白菊ほたるさんです」
《白菊?》
少しのあいだ、カチカチとボールペンをノックするような音だけが繰り返し届く。
《白菊を、346プロが?》
「はい。互いの条件が合えばですが」
《そうですね……白菊を移籍させるとしたら、2千万円はいただかないと》
耳を疑った。
「冗談でしょう?」
《いやいや、あいつはウチでも大いに期待を寄せている有望株ですから》
まだろくに仕事をしたこともないアイドルの移籍金に、2千万?
とても本気で言っているとは思えない。初めに吹っかけておいて、少しでも高く売ろうという魂胆だろうか。
「電話ではなんですし、詳しいことは直接会ってお話しましょうか。どこか都合のいい日は……」
《いえ、値下げ交渉は受け付けませんよ。ウチの条件は、先ほど言った通りです》
舌打ちしそうになるのをなんとかこらえる。
移籍を成立させるには上役の了承がいる。ある程度までは割高になったとしても説得するつもりでいたが、なんの実績もないアイドルの引き抜きにこの額を認めさせるのは、どう考えても不可能だった。
「……こちらとしては、承諾できかねます」
《では、ご縁がなかったということで》
いささかの躊躇もなく電話を切ろうとする相手を呼び止め、「もし気が変わったら」と言って、自分の業務用携帯電話の番号を伝える。
相手はメモを取っているかも怪しいおざなりな態度で相槌を打ち、電話を切った。
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