522: ◆X5vKxFyzyo[saga]
2017/12/22(金) 23:40:23.48 ID:OBzab0O/O
夜の帳がおりた森の只中は穏やかで、とても人が死んでいる風景には見えなかった。おぼろげな月明かりと夜風に包まれると気持ちが良くて、蒸し暑さを忘れるほどだったが、中野の胸の穴からは血が帯のようになって流れていた。
脅威を退けるよう懇願されたIBMは、次の命令がないため中野に腕を打ち込んだまま沈黙していた。永井がIBMを発現し、この凶暴な黒い幽霊が星十字型の頭部を砕いた。IBMの身体がくずおれ、木に張りつけられていた中野が地面に落ちる。
523: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/12/22(金) 23:41:57.52 ID:OBzab0O/O
永井のIBMはもう消失したのか姿は見えず、中野は幹の半分が抉られた倒木からすこし離れたところに倒れていた。中野はもうそこにはない胸の穴を押さえながら起き上がった。
触ってみてはじめて気づいたが、中野の服の破れ目はまるい穴ではなく、肋のうえに横線が引かれているようにぱっくり開いていた。中野は破れ目が背中のほうまでつながっているのか確かめようと首を回した。そのとき、井戸の周辺の、かつて均され、いまはところとごろに草が生えた自然状態の開けた地面と森との境界に、一本の腕が転がっているのを見つけた。
524: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/12/22(金) 23:44:36.86 ID:OBzab0O/O
アナスタシアは足首にきつく巻き付いたテープを切るのに苦戦していた。ナイフの刃が粘着部に貼りつき、何層にも重ね巻きされたテープに食い込んでいかない。
おもむろに永井はアナスタシアに近づいた。アナスタシアはあせった。永井がすぐ横まで近づくと、固く眼を閉じ、頭を永井の反対側に傾け、ナイフを持つ手をかばうかのように突きだした。
525: ◆X5vKxFyzyo[saga]
2017/12/22(金) 23:46:30.86 ID:OBzab0O/O
永井「グラント製薬の本社ビルに旅客機で突っ込んだんだ。その後の対応にあたったSAT五十名も、佐藤に殺された。亜人はいまやテロリストと同義語だ。助かりたかったら……」
中野「あっ!」
526: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/12/22(金) 23:48:28.57 ID:OBzab0O/O
アナスタシアはその言葉にハッとして、永井の方を見た。血がこびりついたシャツに、大きな穴が開いている。血に染まったシャツには見覚えがあった。つい最近、アナスタシアはおびただしい数のそれを見たのだった。記憶はまだ生々しく、永井が亜人だとわかっていても、その赤い円形が胸元にあることに痛ましさを感じた。
血の跡はバッグのストラップに隠れて見えなくなった。ストラップを肩にかけたとき、永井の視線がアナスタシアとかち合った。永井の視線は相変わらず温度が感じられず、感情の見えない眼でアナスタシアを見下ろしていた。
527: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/12/22(金) 23:51:07.46 ID:OBzab0O/O
堀口「何だったんだ、今のは……」
堀口は杖をつき、よろめきながら立ち上がった。自分の身体を見下ろし、怪我がないことを確かめると、次は周囲を見渡した。捜索隊の面々は先ほどまでの堀口と同様に腰を抜かし、そのほとんどが自失状態から脱け出せてない。
528: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/12/22(金) 23:52:16.38 ID:OBzab0O/O
事態の重さに堀口は屈みこむ途中のような姿勢で動揺していた。パキッという小枝を踏む音に堀口は顔をあげた。
いきり立つように荒く呼吸を繰り返している北が猟銃の引き金に指をかけたまま、あたりを警戒していた。わずかな物音があれば、北はあまりある勢いで音がした方向を向いたので、まるで猟銃を振り回しているかのようだった。
529: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/12/22(金) 23:54:21.84 ID:OBzab0O/O
中野「こんな堂々と動いて見つからねーか?」
小高い傾斜を登る永井の背中を見ながら中野が尋ねた。地面から露出した木の根を跨ぎ、幹に手をついてバランスをとりながら坂を上っていく。
530: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/12/22(金) 23:55:41.89 ID:OBzab0O/O
中野「は!? ケータイ!?」
永井「おばあちゃんに買ってもらった」
531: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/12/22(金) 23:57:13.82 ID:OBzab0O/O
使われなくなって何年も経つその小屋は、物置きと化していて、同じように使われなくなった廃材やポリタンクや段ボール、諸々の粗大ごみが壁際に無造作に置かれていた。
そこは居場所がなくなり、放置され、忘れ去られた物が棄てられた、忘れ去られた場所だった。
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