319: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:41:34.44 ID:8mPTevMeO
水筒の蓋をコップにして注いだ麦茶はかすかな波を作り、葉の隙間から差し込んでくる光線を跳ね返して揺れている。煎った大麦からできた液体は新鮮な色をしていて、その上透き通っている。アナスタシアは麦茶を一口で半分ほど飲みこんだ。冷たさが喉を通る感覚が気持ち良く、残りもすぐに飲んでしまった。蓋を空にしたあとにゆっくり息をつくと、喉に残っていた冷気が口まで戻ってくる。アナスタシアは永井にお礼を言った。
アナスタシア「スパシーバ……ありがとうございます」
320: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:42:35.35 ID:8mPTevMeO
永井「かたちが悪くてごめんね」
アナスタシア「あなたが、作ったんですか?」
321: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:44:15.01 ID:8mPTevMeO
アナスタシアが視線をおにぎりから目の前の永井に向けると、永井はアナスタシアがおいしそうにおにぎりを食べる様子を見て、安心したように薄い微笑みを作っていた。アナスタシアはその微笑みを見て驚いた。
アナスタシアは直接的にはじめて見る美波の弟がどんな顔、表情をしているのか、じっくりとよく見てみたい気持ちだったのだが、自分の顔がさんざん報道され、政府や警察はおろか一般の人びとにも追いかけられ、追い立てられている状況にあっては、そうした態度をとるのは失礼だろうと思い、永井が腰を下ろしたときにひかえめに一瞥したあとは、視線を二人のあいだの地面に向けていた。
322: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:45:17.68 ID:8mPTevMeO
アナスタシア「ごちそうさま、でした」
アナスタシアは手を合わせながら言った。
323: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:47:08.43 ID:8mPTevMeO
永井は、その人物の個人的なことまで知るつもりはないとでもいうように、アナスタシアの言葉を遮った。
アナスタシア「アー……はい」
324: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:49:05.46 ID:8mPTevMeO
永井「亜人管理委員会は現在逃亡中の僕の行方を最優先に捜索しているだろう。僕の家族や知人は確実に監視されているし、電話の傍受や盗聴だって行なわれているかもしれない」
アナスタシア「でも、ミナミはほんとうに、とても心配して……」
325: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:50:33.48 ID:8mPTevMeO
永井は顔を上げて、ふたたびアナスタシアを見据えながら言った。
永井「どうしてわざわざ研究所に?」
326: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:51:34.30 ID:8mPTevMeO
永井「けっこう旨かっただろ?」
草の上に倒れるアナスタシアに向かって、永井は座ったまま、すこしも身動ぎせず説明してやった。
327: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:54:35.18 ID:8mPTevMeO
アナスタシアは反射的に黒い幽霊を発現していた。それはどことも知れないところから、だれともわからない人物が自分の顔面めがけて硬いボールを投げつけてきたとき、咄嗟に眼や鼻を腕を交差させて守るという動作に似て、反射的であっただけに正確さに欠けていた。発現したきり沈黙し立ちぼうけているアナスタシアの幽霊に、永井が発現した黒い幽霊が襲いかかり、その頭部を砕いた。
永井「その状態じゃあ、幽霊はまともに操作できないみたいだな」
328: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:56:38.05 ID:8mPTevMeO
永井が水がせせらぐ切り立った崖の反対側、光を遮る緑の森に背を向けたとき、木々の間に生い繁る瑞々しい青草を踏む音が聞こえてきた。その草を踏む者は森のなかから飛び出してきたかと思うと、アナスタシアの身体に鋭い爪を突き刺そうとする黒い幽霊めがけて跳躍し、その背中に両足で蹴りを食らわせた。
中野「逃げろっ!」
968Res/1014.51 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20