117: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/03/24(金) 22:29:56.35 ID:NJ9NkxEDO
慧理子は眼を下村から自分の手に戻した。さっきの感情の昂りの潮がまだ引ききっていないのか、慧理子の手の甲はうすいピンク色をしていた。その手の上をなにかが通り過ぎる感触がして、慧理子は窓の方を見た。レースカーテンが風に持ち上げられ、ふわふわ揺れていた。いちどカーテンは元の位置まで戻ったが、ふたたび風で浮き上がった。窓からの差し込んでくる光量が増え、壁やシーツの白さがより目立つようになった。慧理子の手がまたなでられた。やさしさを示すような感触で、シーツを握る指がすこしゆるむ。 今度は慧理子は両眼で下村を見た。
慧理子「……ほんとにどーでもいいよーな、話ならあるけど……それをいったら帰ってくれる?」
118: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/03/24(金) 22:31:47.21 ID:NJ9NkxEDO
それは両親が離婚し、圭と慧理子が美波とはなればなれになって暮らすようになった直後の思い出だった。寂しさをまぎらわすため飼い始めた飼い犬が動かなくなり、そしてすぐに死んでしまった。横たわる子犬を前に泣きじゃくる慧理子に圭はお墓をつくってあげようと言った。シャベルと飼い犬の亡骸が入ったダンボールを抱え、二人は河沿いの土手道を歩いた。夕暮れどきで、自転車をこいで下校する学生たちと何人もすれ違った。しばらくすると野球グラウンドが見えてきた。圭よりすこし年上の小学校高学年か中学生くらいの少年たちが草野球にもなってない気楽なプレーを楽しんでいる。
二人は野球グラウンドがある反対側の河岸まで降りて、川面が反射する光が眼に届くところまでやって来た。そこは雑草もあまり生えていない乾燥した地面があるところだった。圭がシャベルを地面に刺した。ざくざくという土を掘り返す音に混じって、野球少年たちの笑い声があたりに響いた。
119: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/03/24(金) 22:33:22.12 ID:NJ9NkxEDO
永井「慧理、にげて……」
兄の声につられ、慧理子も涙をぬぐうのを一旦やめ、振り返った。
120: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/03/24(金) 22:34:45.97 ID:NJ9NkxEDO
話を聞いた下村は咄嗟に身を乗り出し、問い詰めるようにして慧理子に聞いた。
下村「永井圭が黒い幽霊を見たといったんですね!?」
121: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/03/24(金) 22:35:56.04 ID:NJ9NkxEDO
今度は慧理子が身を乗り出して下村に話しかけた。妹の突発的な行動に美波もつられて下村のほうを見る。顔をあげた下村は返事をするかわりにひとつ咳き込んだあと、身体の内側からのぼってきた血を口いっぱい分吐いた。飛沫がシーツや美波のスカートにかかり、赤い染みをつくった。
慧理子「え?」
122: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/03/24(金) 22:37:23.20 ID:NJ9NkxEDO
慧理子「きゃ、あああ、あ!」
123: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/03/24(金) 22:39:07.64 ID:NJ9NkxEDO
慧理子「姉さん!!」
124: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/03/24(金) 22:41:11.20 ID:NJ9NkxEDO
IBM『怖がらなくてよかったのに。佐藤さんから永井の家族は殺すなって命令されたからな』
黒い幽霊は床に倒れる美波を一瞥して言った。
125: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/03/24(金) 22:42:00.29 ID:NJ9NkxEDO
田中「……どういうことだあ?」
女がひとり、起き上がっていた。腹部にあいた傷口からは血の代わりに黒い幽霊と同じ色をした粒子が湧き出ていて、粒子が傷口に渦巻き纏わりつくと、損傷箇所が肉と皮膚で覆われ修復されていく。女が頭を上げると、その眼に光が射した。女はベットに立つ黒い幽霊を睨みつけながらこう言った。
126: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/03/24(金) 22:44:19.21 ID:NJ9NkxEDO
今日はここまで。
ほんとは19日の日曜日に更新するつもりでしたが、更新する分のテキストを全消ししてしまい今日になっちゃいました。
127: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/04/08(土) 21:16:17.97 ID:4YLo7u+WO
IBM『人間ぶってやがった……わけか……』
曲げていた膝を伸ばし、ベットの上に立ち上がった黒い幽霊は復活した下村を見下ろしていた。下村は視線を幽霊から外さないまま腕を後ろに回し、穴の開いたスーツのジャケットの袖から腕を抜いた。右手首から袖からするっと抜けると重みが偏り、スーツはブランコのように弧を描いたが、下村は床に落ちる直前に左手首をくっと振って、足で踏みつけないようにスーツを壁の方に投げた。赤く汚れた腹部があらわになった。
968Res/1014.51 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20