1:名無しNIPPER
2021/02/20(土) 21:08:41.58 ID:sqwkfqcmO
空銀子“先生”と口に出す際は、務めて平静を装っていなければ私は間違いなく取り乱す。
私が籍をおく清滝一門において、もっとも目障りなのは誰かと問われれば真っ先に空銀子の名前を挙げる程度には嫌っている。
理由はいくつかあるが、棋士として、対局者として”絶対に許さない”リストに入っていることは当然として、私の師匠(せんせい)と良い仲であることが何よりも許し難い。
いくら姉弟弟子として、そして清滝鋼介の内弟子として幼い頃からひとつ屋根の下で暮らしていたとはいえ、先生と恋仲になる権利があの女にあるとは思えない。
たしかに空銀子は見目麗しいかも知れない。
将棋馬鹿の先生と会話が出来る程度には将棋の知識も備わっているのもまた事実である。
しかし、空銀子の先生に対する態度は到底許容出来る範囲を超えている。やりすぎだ。
先生を馬鹿にしていいのは私だけなのに。
先生を揶揄っていいのは、私だけなのに。
空銀子よりもずっとずっと、私のほうが。
「私のほうが……八一を好き」
私だけが知ってるその事実を伝えたかった。
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2:名無しNIPPER[sage saga]
2021/02/20(土) 21:12:17.94 ID:sqwkfqcmO
「黒いの。暇ならちょっと付き合いなさい」
「はあ? 嫌に決まってるじゃないの。馬鹿なの? 頓死するの?? 頓死すれば??」
その日、私は将棋会館で対局を終えて帰宅しようとしたら空銀子に捕まった。最悪だ。
私をどこかに連れ出そうとする彼女に、当然ながら反発する。すると、ペシンっと。
3:名無しNIPPER[sage saga]
2021/02/20(土) 21:13:34.08 ID:sqwkfqcmO
「ふっ。やっぱり黒いのは白いのよりも揶揄い甲斐がある。その点だけは褒めてあげる」
空銀子はそんなふざけたことを抜かし、私の頭に手を置き、そしてそのまま撫でてきた。
当然ながら払い除ける。すると、空銀子は。
4:名無しNIPPER[sage saga]
2021/02/20(土) 21:15:10.26 ID:sqwkfqcmO
「いいわ。その挑発に乗ってあげる」
務めて冷静に。意識して優雅に。強気に。
「そんなに私とおしゃべりがしたいんだったら、とことん付き合ってあげるわ」
5:名無しNIPPER[sage saga]
2021/02/20(土) 21:17:35.81 ID:sqwkfqcmO
「黒いのみたいなのは八一の好みじゃない」
クリームソーダをこちらに突き返しつつ、空銀子は淡々とした口調で私を否定してきた。
「八一は単純だから、白いのみたくベタベタに甘えないと好意に気づかない。そして八一は童貞だから、わかりやすい好意を見せてくれる女の子にはたとえどんなにお子様だとしてもみっともなく鼻の下を伸ばしてデレデレしてしまう。九頭竜八一は、あんたの師匠は、そんな男よ」
6:名無しNIPPER[sage saga]
2021/02/20(土) 21:19:50.22 ID:sqwkfqcmO
「黒いの」
呼ばれて、再び視線を合わすと挑発された。
「このままでいいの?」
7:名無しNIPPER[sage saga]
2021/02/20(土) 21:21:22.16 ID:sqwkfqcmO
「もうひとつ、飲みなさい」
空銀子はまるでそれが正解とばかりに頷いてから、またクリームソーダをオーダーした。
誰も同じものを飲みたいなんて言ってない。
8:名無しNIPPER[sage saga]
2021/02/20(土) 21:23:16.21 ID:sqwkfqcmO
「待っていたのはあんただけじゃない」
空銀子はまるで忠告するかのように告げる。
「下界に降りた竜王を捕らえようとしている輩は大勢居る。だから、油断しないで」
9:名無しNIPPER[sage saga]
2021/02/20(土) 21:25:12.63 ID:sqwkfqcmO
「私は今とは違う私に……進化できる」
出来るだろうか。空銀子は可能だと言った。
接し方を変えて、違う関係性を築く。
無論、失望されない形に。強く、美しく。
10:名無しNIPPER[sage saga]
2021/02/20(土) 21:26:12.26 ID:sqwkfqcmO
「帰るわよ、晶」
「はっ。しかし、その前にお嬢様」
「なによ」
「あれほどたくさんお飲み物を口にされた後ですから、お手洗いに行かれたほうが……」
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