1: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/03/06(金) 20:53:47.22 ID:hr1ls1V9o
───実は今の話には、続きがあるけど。今のところ、それを君に話そうとは、思ってないんだ。
「……米が撒かれてた」
「は?」
始まりは本当に唐突で、些細で、そしてとても奇妙なことだった。
数年前、一念発起して自動車免許を取った。今までは免許なんぞ持たずに事足りていたものの、家族の生活をより充実したものにする為にも必要なことはなんとなく感じていて、けれど諸々足りなくて。
それがようやく足りて来始めたので、これはもう今しかないだろうと思い、思い切って免許を取得したのだ。
憧れのマイカー。押し寄せる税金。子供たちの笑顔。天秤にかけるのにはあまりにも難しい問題だったが───人生のこの先を考えれば、移動手段が必要なのは明白だった。
ついでに、「遊んで疲れきった子供たちの充足した寝顔を、夫婦が運転席と助手席でじっと見てから、ふと視線をお互いの顔に合わせふふっと笑む」と言う憧れのシチュエーションが実現できるようになったのは、それなりに嬉しいところである。
で、まあ数年なんの問題もなく車に乗れていたのだが。
「家帰ったら車の周りに米が撒かれててさぁ」
「……それどういうシチュエーションすか?」
相方に真顔で問われた。俺だって、目の前に同じことを言う人が居たらそう言うと思う。
思わずツイッターに載っけたくらいには驚く写真であったことは間違いないし、相方も写真を見て笑っていた。
なんなら「それ自分でやったんじゃないんですか?話題作りのために、とかで」などと失礼なことを言われたけれど、そんなわけない。ネタ作りでもあるまいし、そんなシチュエーションで始まるネタがあるなら見てみたいもんだ。
そもそもそんなことをしなくても、俺の周りには話題でもなんでも転がっている。たかだかツイッターのためだけに、こんな勿体ないことをする必要も感じない。
米は後で俺が片付けた。
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2: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/03/06(金) 20:55:13.31 ID:hr1ls1V9o
「誰かにイタズラされてるとか?」
「……かなぁ」
「平子さん、ストーカーとかされてるんじゃないの?」
3: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/03/06(金) 20:55:41.60 ID:hr1ls1V9o
◇
夢を見た。
4: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/03/06(金) 20:56:43.73 ID:hr1ls1V9o
視界が開けた。そして気づく。
そこは車内なんかではなく、エレベーターの中だった。……エレベーター?
慌ててスマホを確認、ええと……あれ、先程気を失ってからかなりの時間が経っている。計算が正しければ、一本収録を終えて丁度いいくらいには。俺はそこに自分の両足で立って、帰り支度をして乗っていた。
記憶が無い。俺は今まで何をしていたのだろうか。全身から汗がぶわっと吹き出てくる。
5: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/03/06(金) 20:57:14.31 ID:hr1ls1V9o
数日後、再び妙なことが起きた。
「誰だよ、こんな……イタズラにしちゃ意味分かんねえし」
ラジオ収録のために訪れた局の駐車場に、停めてあった黄色い車の運転席側のドアノブの上。そこに落ちないように、器用に駄菓子が置かれている。個包装のまま。
6: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/03/06(金) 20:58:11.80 ID:hr1ls1V9o
「でもやってる人、好意なんすかね?」
「……どういう事?」
「平子さんのためにやってのかって話よ、菓子だし。もしくは『俺はお前の住所知ってんだからな』的なこととか」
7: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/03/06(金) 20:59:04.96 ID:hr1ls1V9o
それは根本的な解決にならねえよ、と言いかけて、とりあえず言い分を聞いてみる。
「平子さんでけぇし、いたらバレると思うんすよね。毎日は無理かもしんねえけど、イケそうな範囲で行ってみます」
「それこそ無理だろ」
8: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/03/06(金) 20:59:37.46 ID:hr1ls1V9o
動画が流れる。
画面中央で停めてあるのは、黄色い車。
そしてそこに、人がやってくる。見覚えのある服装、
見覚えしかない顔。
9: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/03/06(金) 21:00:06.45 ID:hr1ls1V9o
◇
夢を、見ていた。
夢とはっきり分かった。
10: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/03/06(金) 21:01:09.05 ID:hr1ls1V9o
「平子さん!!!」
くっそうるせぇ声で意識を取り戻した。
どうやら硬いコンクリートにぶっ倒れていたらしい。時間はそんなに長くない。全身があまり痛まないのは、恐らく暗転の直前に酒井が受け止めてくれたお陰だろう。
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