3: ◆z.6vDABEMI[saga]
2020/03/06(金) 20:55:41.60 ID:hr1ls1V9o
◇
夢を見た。
夜闇の中、俺は車にひとりで乗っている。
細い脇道から大きな道路に合流しようとして、ウインカーを出している。方向は右、その先に伸びている道はとても明るく、終着点にはきっと街のひとつでもあるのだろうと推測できるような道だ。
眼前の道路は非常に空いている。いや、空いているどころではない。一台とて車は通らない。こうして思考している間にも、通常ならば数台通っておかしくないくらいには大きな道路だが、車は見当たらない。右にも左にも。
ちらりと左側を見れば、そちらは真っ暗だ。右側とは対照的、暗闇に吸い込まれてしまいそうな道が伸びている。当然、そちらからヘッドライトが近づく兆候もない。
一台も来ないのだから、さっさと行ってしまえばいいのに。
それなのになぜか俺は、ウインカーを上げて右折しかねている。大通りに車がひっきりなしに行き交い、いつ曲がるべきか考えあぐねているかのようだ。しまいにはハンドルに顎を乗せて、退屈そうにその道路を眺めている。
ラジオの音も聞こえないほど、己の息遣いさえ聞こえないほどの、静寂だけがそこにあった。
あるはずだった。
カッ、チッ、カッ、チッ。
唐突に、車内の空間が生物のように息を吹き返し、先程まで耳にも入らなかったウインカーの音が、世界に現れた。
カッ、チッ。
それ以外の音は聞こえない。なぜかは分からない。
ウインカーの音だけが、規則的に、均一に、小気味よいリズムを奏でている。
ああ、そうだ。黄色い車。
貯金もあるだけ叩いて買った、愛車。
高い買い物だった。けれど意味も価値もある、良い買い物に違いない。その愛車に乗って、俺は呆然と眼前を眺めている。
カッ、チッ、カッ、チッ。
その夜の中に何があるのか、分からないまま。
カッ、チッ、カッ、
チーン。
「……え?」
◇
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