芹沢あさひ「この雨がいつか止んだなら」
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52: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:31:40.09 ID:hoMUvMIQo

 両腕に残った痺れを振り払うように、自分の頬をぺちと叩く。

 話しているうちに目が冴えてきた。
 できれば一度思いきり身体を伸ばしたかったけれど、狭い助手席の上じゃどうしようもない。
以下略 AAS



53: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:32:08.52 ID:hoMUvMIQo

 ハンドル脇に差し込まれていた鍵を、彼の右手がぐいと回す。
 すると、いったいどういう構造になっているのだろう、まるで息を吹き返したように唸り声をあげたエンジンの振動が、車体を大きく揺らし始めた。

 車体が身体、エンジンが心臓。だったらこの揺れは鼓動そのものだ。
以下略 AAS



54: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:32:34.64 ID:hoMUvMIQo

 彼曰く、あと数分ほどで目的地に到着するらしい。
 実際、カーナビが示す目的地までの直線距離も、もうほとんどわずかだった。

 向こうに着いたとき、はじめに掛ける言葉はいったい何がいいだろうかと考える。
以下略 AAS



55: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:33:03.28 ID:hoMUvMIQo

 ――誰だって、雨は止んでくれたほうが嬉しいだろ。

 本当にその通りだ、と私は思う。
 私だって、プロデューサーだって、誰だって。
以下略 AAS



56: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:33:37.78 ID:hoMUvMIQo

 目的の場所は思いのほか日常風景に溶け込んでいた。

 ここはちょうど街の中心部と市街地の中間域にあたるようで、辺りには田畑や森林の緑が随分と目立つ。
 境界線上を大動脈みたく走る二車線からは不規則に細道が伸びていて、それに沿うようにして古ぼけた民家が点在していた。
以下略 AAS



57: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:34:03.88 ID:hoMUvMIQo

 運転席の彼が、ぴんと張った両腕をハンドルに添えたまま、ぐっと身体を震わせる。
 まるで猫の伸びみたいだと思った。彼は普段からよくこの姿勢で伸びをする。

「一人で行くか?」
以下略 AAS



58: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:35:01.03 ID:hoMUvMIQo

「でも、そうっすね。一人で行かせてもらえるのなら、それがいいっす」

 私の言葉に彼は頷いて、いま地図を描くよ、と小さく笑った。

以下略 AAS



59: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:35:54.52 ID:hoMUvMIQo

「ここがいまいる駐車場。まずは真っ直ぐに坂を上って、あとは地図の通りに曲がればいい」
「なるほど。ありがとっす」

 もらった地図を折りたたんでポケットに仕舞う。
以下略 AAS



60: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:36:22.14 ID:hoMUvMIQo

 プロデューサーの名前はもちろん以前から知っていた。
 しかし一方で、少なくとも私にとってのプロデューサーはプロデューサーでしかないというのもまた事実だ。
 たった四文字で表現されてしまったその個人は、だから、私ともプロデューサーとも全く縁のない他人を指しているのだと、そういう風にしか私には思えない。
 名前なんて、正体なんて、どうでもよかった。
以下略 AAS



61: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:36:51.26 ID:hoMUvMIQo

「危うく別の家を間違えて訪ねるところだったっすね。助かったっす」
「同姓のなんて近くにはなかったと思うけどな。念のためだ」

 念のため、と私は意味もなく彼の言葉を繰り返した。
以下略 AAS



62: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 20:37:22.52 ID:hoMUvMIQo

 扉を開くと、まるで芳香剤の残滓を絡めとるみたいに、雨上がりに特有のむんとした匂いが鼻を突いた。
 頬を掠めていく風は、まるで薄い水膜を通した布のように冷たく湿っていた。

 身体を若干屈めて外へ出る。
以下略 AAS



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