192:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 18:06:56.62 ID:1/ZkFkMM0
かぶりを振って、足元の落ち葉を一度、軽く蹴っ飛ばしてみる。
戯れにはしゃいでみるのは――柄にも無くセンチメンタルな気分に浸るのは、今の私にはこの程度で十分だ。
「黒埼家から決別……もとい、自立をするに当たって、過去を一度、清算するべきかなと、思ったもので」
193:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 18:11:15.86 ID:1/ZkFkMM0
アーニャさんは、それ以上何も言わない。
ただ、いつかの時と同じように――何か言いたいことがあるはずなのに、それを必死で我慢するような――。
しかし、今日のそれは笑顔ではなかった。
今にも泣き出しそうな、星空ではなく、氷のように寂しそうな瞳。
194:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 18:17:20.83 ID:1/ZkFkMM0
冷たく澄んだ風が、頬を切り裂く。
あの日の小樽も、これよりもっと乾いた空気だったのだろう。
「その日、私は外に出ていて、日が暮れて帰った時には、家がありませんでした。
出かける頃にはまだあったはずの家が、骨組みだけを残して、燃え尽きていたのです。
195:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 18:20:02.58 ID:1/ZkFkMM0
修復不可能な傷を受けた心は、そのまま放っておくと他の部分まで侵食し、壊死してしまう。
当時の私は、おそらく無意識的にそう考えたのだろう。
だから、切り落とした。
悲しみも、それまでの思い出も、丸ごと投げ捨てると、私の心は文字通り軽くなった。
196:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 18:22:43.76 ID:1/ZkFkMM0
お嬢様、か――自嘲じみた笑みが独りでに零れる。
「そう……私は、ちとせさんに依存しきっていました。
あの人の従者でいることが私のアイデンティティであり、存在の証明だった」
197:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 18:24:50.82 ID:1/ZkFkMM0
消え入るような声が、漂う暗闇の中にポツリと落ちた。
「アーニャさん?」
198:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 18:33:03.07 ID:1/ZkFkMM0
――いきなり、何を言い出すかと思えば。
「考えませんでした。それが何か」
「それは、なぜでしょうか」
「なぜって……名字が無くなってしまうからです。それ以上の理由が?」
199:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 18:37:37.35 ID:1/ZkFkMM0
アーニャさんが泣きそうなほど上ずった声で、私に叫ぶ。
「チヨは、私にくれました。優しくて、キレイな思い出。
まだ……まだ思い出して、くれないですか?」
200:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 18:39:14.97 ID:1/ZkFkMM0
――――
「……お申し出をくださり、ありがとうございます」
201:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 18:42:01.35 ID:1/ZkFkMM0
――それが正しい記憶なのかは、分からない。
一度は捨てて忘れ去ったものの真贋を見定めるのに、5年という歳月は私には長すぎた。
だけど――。
301Res/285.11 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20