白雪千夜「足りすぎている」
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194:名無しNIPPER[saga]
2019/11/23(土) 18:17:20.83 ID:1/ZkFkMM0
 冷たく澄んだ風が、頬を切り裂く。
 あの日の小樽も、これよりもっと乾いた空気だったのだろう。

「その日、私は外に出ていて、日が暮れて帰った時には、家がありませんでした。
 出かける頃にはまだあったはずの家が、骨組みだけを残して、燃え尽きていたのです。
 警察の話では、放火とのことでした」

 背後でアーニャさんが息を呑むのが聞こえた。
 私との視線が、交わることはない。

「私はともかく、両親は、恨みを買うような人ではありませんでした。
 放火した犯人は、隣の家と、間違えたのだそうです。
 彼が務める会社の役員が、私の家の隣に住んでいました」


 会社の中で冷遇され、虐げられ、解雇された恨みを、顔も知らない上役にぶつける。
 過労死するほど仕事があり、自殺するほど仕事が無いと言われるこの国で、そのような事例はどれほどあるだろう。

「近所の人達による根も葉もない噂話、消防隊や警察から聞かされた出火原因、犯人の供述、新聞やニュース……
 誰の、どの話にも、当時の私が理解できるものは何一つありませんでした。
 不条理で、理不尽で、まともに向き合い納得をしていたら、私の心は狂ってしまう。
 だから……」


「……無視をした、ですか?」



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