9: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:13:50.13 ID:RAUxaTtJ0
車で揺られて三十分ほど。
着いたのは大きな建物。その門の前に置かれた看板には『Japan Festival』の文字。また、知らない言葉だ。前を歩くお父さんに尋ねる。
『Japanってなに?』
『Nihonのことだよ』
10: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:15:15.85 ID:RAUxaTtJ0
次に入った部屋で見たのは、家の中で見たことのある器に似たなにかだった。いつかお父さんに教えてもらった気がする。
確か、Toukiだったような……。合っているかを確かめるためにその単語を口にするとさっきまで笑顔だったお父さんの頬が溶けそうなほどに緩んでいた。
展示品に当たらないようにゆっくり歩いていると、一つのToukiが視界に入る。なぜだか惹かれた。
『家にあるのと似てる……』
11: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:16:10.83 ID:RAUxaTtJ0
そうして入った次の部屋の光景に。
私は思わず息を呑んだ。心が奪われた。
見渡す限り、全く見たことのない景色と色と知らない世界で囲まれている。
木の棒にかけられた色とりどりの布がたくさん飾られていて、それはまるでカーテンみたいで。だけどカーテンのように薄くはなくて、波打ってもいなくて。
12: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:17:03.49 ID:RAUxaTtJ0
『ほら。ああいう風に着るんだ』
お父さんの指が示した先にいた女性。
少しくすんだような赤色のKimonoを身にまとい、Obiというらしいものを腰に巻いていた。
13: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:17:59.92 ID:RAUxaTtJ0
――ヤマトナデシコ
お父さんが口にしたその言葉に。
私は出会ってしまった。知ってしまった。
自分がいちばん美しいと感じたものの名前を聞いてしまった。
14: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:19:44.49 ID:RAUxaTtJ0
『あら、エミリー。ヤマトナデシコっていうのはね……』
『なれるよ。エミリーなら』
お母さんの言葉を遮ってお父さんが私の頭を撫でる。その手はあたたかくて優しくて、いつか本当になれる気がした。
15: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:21:01.21 ID:RAUxaTtJ0
なんかちがう。
第一印象はそういうものだった。
Kimonoを着ているというよりもKimonoに着られているみたいで。さっきの人のような美しさはどこにもなくて。なにより鮮やかな赤色に黄金色の髪の毛はひどく浮いていた。
16: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:22:08.10 ID:RAUxaTtJ0
❀
その日から私は人が変わったように日本のことばかりを調べるようになった。父が日本を好きということもあって一歩を踏み込むのは容易かった。
初めは語学からだった。
17: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:22:58.93 ID:RAUxaTtJ0
だけど現実はすぐに花開くほど甘くも優しくもなくて。
私のそれは花どころか芽すら出ない。憧れの花は部屋の中にこうしてあるはずなのに何故だか遠くて、靄がかかっているようによく見えなかった。
日本語を学ぶのは楽しいけれどそれと同じくらいに難しい。そんな言語の壁はどうしようもなく高いものだったけれど、これを乗り越えなければ芽は絶対に出ないのだと言い聞かせて必死に勉強する。
18: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:23:35.81 ID:RAUxaTtJ0
どちらかと言えば負けず嫌いだった私はうまくなりたい、という気持ちも相まって一層勉強に励んだ。家に帰っては日本語の教科書と学習書を読み込んだ。休日にはお茶を点てて父に飲んでもらった。時間が空いたときは正座をして慣れようとした。着物を綺麗に着られるように練習した。
おかげで部屋中の日本語の本は付箋だらけで、辞書はすっかり開ききってしまって。一畳だけ用意してもらった畳はいつも座っている部分だけが変色してしまって。部屋の中は日本のものであふれかえった。
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