20: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:28:00.30 ID:RAUxaTtJ0
大和撫子という言葉を調べるたびに出てくる「日本人女性」の文字にため息をついた回数は数知れず。学校で日本語を話して「外見がそんな風なのにおかしい」と笑われたことだってある。
日本語が上達しても相変わらず着物は似合わなくて、和服を着るたびに鏡の中で私だけが浮いていた。あの頃から何も変わっていない。
自分の外見を恨んだことがないと言えば嘘になる。雑誌や本で見る大和撫子と呼ばれる人はいつだって濡羽色のつややかな髪だった。
21: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:29:09.92 ID:RAUxaTtJ0
でも、どれほど努力をしたところでどうにもならないことがこの世にはあるのかもしれない。
私みたいな英国人が大和撫子になるなんて最初から無理な話なのかもしれない。
だって外見がこうだ。いくら覚悟を決めても、意地を張っても事実は事実のまま変わることはなくて。
花は咲かない。芽も出ない。土を汗と涙で湿らせているだけのこの花が咲く日など訪れるのだろうか。
22: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:30:44.44 ID:RAUxaTtJ0
だからといって大和撫子を諦めることもできなくて。あの日感じた胸の高鳴りを忘れることができなくて。日本語を勉強し続けた。日本舞踊も、独学の茶道も続けた。
今さら、この道を引き返すことはできなかった。振り返っても暗闇の道をそうできるほど私は強くも弱くもなかったのだ。
そうして迎えた十二歳の夏。
23: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:31:41.66 ID:RAUxaTtJ0
赴任。
知っている言葉だったけれど飲み込むのに時間がかかる。頭の中で赴任の意味を検索した。赴任とは、新しい勤務地に赴くことという意味で。
だからつまり。
24: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:32:34.95 ID:RAUxaTtJ0
❀
小さな不安は消えないまま。十三歳の春、家族で日本に引っ越した。
ようやく地面を踏んだ日本は思っていたよりも洋風だった。都会には高い建物が立ち並んでいるし、少し道を外れてみても木造住宅よりも鉄筋でできた住宅ばかり。
25: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:33:49.25 ID:RAUxaTtJ0
ある日。
街を歩いていると「アイドル」という文字が目に入った。
日本に来て初めて見た知らない言葉だった。
正確には知っているけれど知らない言葉。
26: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:35:31.93 ID:RAUxaTtJ0
――あこがれ。
偶像は、あこがれ。
アイドルは誰かの憧れ。誰かのなりたい姿。
私の憧れは、あの日からずっと変わらずに大和撫子だった。
27: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:36:10.13 ID:RAUxaTtJ0
そうだ。たったそれだけの理由で私はここにいる。そのために努力をしてきて八年間を過ごしてきたのだ。思えば、日本に触れた期間の方が触れていない期間よりも長くなっている。
それくらいに、人生の半分以上を捧げるほどに私は、大和撫子になりたくて。
そのための努力は惜しまなかった。だって私は誰よりも大和撫子になりたかった。
28: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:36:58.39 ID:RAUxaTtJ0
ぎゅっと手を強く握りしめて、顔をあげた先の広告にとある事務所の選考会の情報が目に映る。
芽の出るような高揚感。空に向かって葉を広げてようとしている気がした。
そうして、アイドルを知った私は一歩を踏み出して。私はこの場所とあなたに。
29: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:38:10.18 ID:RAUxaTtJ0
*
「……ー。……ミリー。エミリー?」
「は、はい!」
30: ◆DbvMVEE3z2[sage saga]
2019/06/16(日) 00:39:32.73 ID:RAUxaTtJ0
「いいえ、恥ずかしくはありません。今までの私がいるから今の私がいるんだということは、ここにきて十分教えていただきましたから」
思い出を話すことが恥ずかしいというのは多少あるけれど、自分の過去を恥じたことは一度もない。それはここにきて、この劇場で、仕掛け人さまと皆さんに教えてもらったことだった。
「ですが……」
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