1:名無しNIPPER
2018/12/14(金) 23:03:44.76 ID:wXX+fiS7o
「うーん……歌はうまいんだけどね」
「だ、だめでしょうか……?」
「なんというか……その……」
「……」
「現代っぽくないんだよね」
「現代っぽくない……」
「あのね、はっきり言うわ。 センスが古い」
「……古い……」
「ええ。 のど自慢やってるんじゃないのよ、オーディションなのよこれ」
「そんな、私はこの歌が本気で……」
「いや、僕は悪くないと思うよ? ただやっぱり……」
「その路線で今時やってけるかというと……どうかな?って感じ。 悪く思わないで!ねっ」
「……そうですか……」
「とにかく、結果は後日お知らせします。お疲れ様でした」
「はい。 ……ありがとうございました」
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2:名無しNIPPER[saga]
2018/12/14(金) 23:04:59.09 ID:wXX+fiS7o
憧れの季節は、もう終わり
3:名無しNIPPER[saga]
2018/12/14(金) 23:05:58.11 ID:wXX+fiS7o
――――――
外に吹く風の音は、先ほど、部屋へ入った頃よりは弱まったような気がします。
4:名無しNIPPER[saga]
2018/12/14(金) 23:07:09.35 ID:wXX+fiS7o
――――――
私の母は、若いころからアイドルが大好きでした。
5:名無しNIPPER[saga]
2018/12/14(金) 23:08:21.23 ID:wXX+fiS7o
母が観客で、私がアイドル。
二人だけのコンサートを母は毎回にこやかに見守り、最後にはいっぱいの拍手をくれました。
私は気をよくしてその都度「おおきくなったらセイコちゃんみたいなアイドルになる!」と自慢げに話していたとか。
母が用事でいないときも、私は押し入れからお気に入りのぬいぐるみや人形を引っ張り出して、周りに並べて、私だけのコンサートを開いたりもしていました。
6:名無しNIPPER[saga]
2018/12/14(金) 23:09:57.17 ID:wXX+fiS7o
――――――
先ほどのように、私の好みが「古くさい」の一言で片付けられるのは、今に始まったことではありませんし、特に驚きもしません。
7:名無しNIPPER[saga]
2018/12/14(金) 23:11:33.02 ID:wXX+fiS7o
――――――
人生を変える出会いなんてものがあったとして、人はその出会いを何年も後になって振り返り、
「あぁ、確かにあの出会いは自分を変えてくれたのだな」とじわりじわり実感していくものです。
8:名無しNIPPER[saga]
2018/12/14(金) 23:12:38.07 ID:wXX+fiS7o
「はぁ、はぁ……それでは最後の曲です! 今日は会いに来てくれて、本当にありがとうございました〜〜!!!」
9:名無しNIPPER[saga]
2018/12/14(金) 23:14:04.36 ID:wXX+fiS7o
都会のビルの地下にある、小さくて古くて暗いこんな場所にもアイドルがいて、一生懸命になって歌っている。
子供で、無知だった私には驚きでした。
自分の中のアイドル像は、私の生まれるずっと前の、在りし日の彼女たちの姿であり、TVでの華々しい光り輝くステージばかりを眺めてきた私にとって、
今ここにいるアイドルのような人は、想像していたのとは全く異なる舞台にいたのです。
10:名無しNIPPER[saga]
2018/12/14(金) 23:15:06.86 ID:wXX+fiS7o
──────
最後の一曲が終わり一旦退場していったあと、アイドルのお姉さんはもう一度前へ出てきて、
今度は小さな箱を抱え、買ってください、一枚500円です、というように観客席の方へ叫んでいました。
11:名無しNIPPER[saga]
2018/12/14(金) 23:16:45.01 ID:wXX+fiS7o
「今日は観に来てくれてありがとうございます! よかったら、CDも一枚500円で発売中ですので、ぜひぜひお買い求めください! キャハッ☆」
「あ、いえ……わたし……」
お姉さんが最後に軽くポーズを決めると、頭につけたウサギの耳もぴょこんと跳ねていました。
12:名無しNIPPER[saga]
2018/12/14(金) 23:18:39.76 ID:wXX+fiS7o
──────
一緒に地下の劇場から街へ出て、お話をしながらお母さんを探しました。
アイドルのお姉さんはすごく可愛らしくて優しくて、私の話を楽しそうに聞いてくれます。
13:名無しNIPPER[saga]
2018/12/14(金) 23:20:03.52 ID:wXX+fiS7o
「そうだ。はすみちゃんの好きなアイドルは誰ですか?」
今度はお姉さんが質問してきます。
14:名無しNIPPER[saga]
2018/12/14(金) 23:22:06.49 ID:wXX+fiS7o
「子供のころからずっと、昔のアイドルが好きだったんですか?」
「はい、お母さんが大好きで、私もずっと聴いてて……」
「歌ったり?」
「は、はい!」
15:名無しNIPPER[saga]
2018/12/14(金) 23:23:55.60 ID:wXX+fiS7o
──────
ようやく交番に着くと、お姉さんがおまわりさんに事情を説明してくれました。
どうやら母はこことは違う別の交番に相談に行っていたようで、無事見つかったと、おまわりさんが連絡を入れてくれました。
16:名無しNIPPER[saga]
2018/12/14(金) 23:25:06.73 ID:wXX+fiS7o
30分後、母が交番にやって来ました。
怒ったような、悲しんだような、喜んでいたような、安心したような、そんな表情。あまり覚えていませんが、とにかく心配をかけてしまったことを謝罪しました。
おまわりさんにもご挨拶をし、交番を出て駅へ向かう途中、母が尋ねました。
17:名無しNIPPER[saga]
2018/12/14(金) 23:26:00.01 ID:wXX+fiS7o
「おかあさん。わたし、あいどるになりたい!」
18:名無しNIPPER[saga]
2018/12/14(金) 23:27:29.16 ID:wXX+fiS7o
――――――
憧れはいつしか夢に、夢はいつしか決心に変わっていきます。
ですがそれは、憧れを憧れでなくすため、その夢と真剣に向き合うということ。
19:名無しNIPPER[saga]
2018/12/14(金) 23:29:25.67 ID:wXX+fiS7o
――――――
新学期が始まって間もなく、桜の花びらも散りきらないようなある日の放課後、忘れ物を取りに教室にもどった私は、引き戸に手をかけたそのとき、
中に人の気配が残っていることに気がつきました。
20:名無しNIPPER[saga]
2018/12/14(金) 23:30:58.31 ID:wXX+fiS7o
「……知ってるんですか?」
先生は驚いた表情でこちらをゆっくりと振り返り、尋ねてきます。
21:名無しNIPPER[saga]
2018/12/14(金) 23:32:23.93 ID:wXX+fiS7o
学校で同じ趣味を持っている仲間がいたのがとっても嬉しくて、部活動にも入っていなかった私は放課後、
先生と一緒に教室でアイドルソングを聴いては語り合う日をしょっちゅう過ごしました。
「見てください、これ。レコードよりもバックバンドがかなりアップテンポです」
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