白菊ほたる『災いの子』
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172: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:47:22.28 ID:1DFdeF0E0
 お前は不幸じゃない、とプロデューサーさんは言った。
 その言葉には、嘘がある。

 プロデューサーさんが、以前私が所属していた事務所に妨害行為をおこなったというのは本当なんだろう。それならたしかに、私がクビになったことと、あの事務所が潰れたことは、私の招いた不幸じゃなかったのかもしれない。

以下略 AAS



173: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:48:26.35 ID:1DFdeF0E0
 なんの前触れもなく、ふいに全てのライトが消えた。
 予定の演出じゃない、なんらかの事故があったんだろう。
 客席のほうで、ざわっと狼狽の声が上がりかける。

 ――『なにかあっても止められない限りは続けろ』
以下略 AAS



174: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:49:25.21 ID:1DFdeF0E0
 喉が発した最後の一音が宙に吸い込まれ、静寂に包まれた。
 それから、どこからともなくぱちぱちと拍手の音が鳴り始め、伝播していくようにホールを満たした。

 立ち上がり、「ありがとうございました」と叫ぶ。声は拍手に飲まれて、自分の耳にすら届かなかった。

以下略 AAS



175: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:50:04.79 ID:1DFdeF0E0
   *

 プロデューサーさんから医務室に向かうように指示を受ける。荷物や着替えは、その部屋に運び込まれているそうだ。
 本来の控室は立ち入り禁止になっているらしい。私が壊した、鏡や照明の破片が落ちているからだろう。

以下略 AAS



176: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:53:35.16 ID:1DFdeF0E0
 夕美さんと志希さんが、並んでベッドに腰かけていた。
 私は立ち尽くして、大人に叱られるのを待つ子供みたいにうつむいた。夕美さんの顔を、まともに見ることができなかった。

「ごめんなさい」と言った。

以下略 AAS



177: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:54:10.10 ID:1DFdeF0E0
「うん、まず幸せってなんだろうね? 美人の奥さんとかわいい子供がいて、お仕事でもそれなりの地位についててお金に困ることなんてない。そんな一見して恵まれている人でも心の内はストレスの塊で、毎日『死にたい』って思いながら生きているなんてこともある。一方で、家族とはすっかり疎遠になって、恋人もいなくて、自由に使えるお金もほとんどない。それでも人生が楽しくて仕方がないなんて人も珍しくない。幸不幸なんて主観だよ、はたから見てわかるもんじゃない。ほたるちゃんがウチに来る前、所属してた事務所がいくつか潰れたんだってね。たくさんの人が職を失ったね。借金を抱えた人もいるだろうね。でもそれは本当に悪いこと? 転職した人はそのあとどうなるかな? それをきっかけに実家の家業を継ぐなんて人もいるかもしれないね。もしも潰れなかった事務所で勤め続けた場合と、どっちが幸せなのかな? 答えは『わからない』だよ。たくさんの人が関わってるんだから、結果なんてひとそれぞれ。もちろん不幸になる人はいるかもしれないけど、それで幸せになる人もいる。だから会社の倒産なんてのはただの出来事で、ひとまとめにいいとか悪いとか決めつけていいことじゃない」

 話しながら、志希さんはじっと観察するように私を見ていた。私は戸惑ってしまい、どうしたらいいのかわからなかった。

「それからもうひとつ、単純な不幸だとは思えないところがある。人間はたやすく死ぬ。毎日どこかで、不慮の事故で亡くなってる人がいる。特別運の悪い体質なんて持ってない、ごく普通の人がだよ。もしも無差別に悪いことを引き寄せてるんなら、ほたるちゃんは今、生きているわけがない。ねえ、ほたるちゃんて、身近な人がバタバタ亡くなったりするの?」
以下略 AAS



178: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:55:26.37 ID:1DFdeF0E0
 私が、人を助けてる?

「そんなわけ……」

「ほたるちゃんのプロデューサーが言ってたじゃない、ほたるちゃんには出来事が自分の影響かそうでないか区別がつかないってさ。スタッフに聞いたんだけど、さっきのステージ、大変だったみたいだね。その起きたトラブルが、ほたるちゃんはまったく関係がないとしたら? 明かりがぜんぶ落ちた真っ暗闇で、音楽が止まって、マイクも壊れて、その中で最後まで歌い続けるなんて、あたしにも、夕美ちゃんにだってできやしない。ほたるちゃんじゃなきゃダメだったんだ。じゃあ、そのときステージに立っていたのがほたるちゃんなのは、ラッキーだったとも言えるよね。もちろん本当のところは、どこまで行っても『わからない』だよ。時間をさかのぼって、もういちどやりなおしてみない限りはね。でもそれはつまり、ほたるちゃんが不幸な出来事だと思ってることでも、ほたるちゃんがいなかったらもっと悪い結果になってたって可能性は常にあるってこと。それだけ覚えておいてほしいかにゃ」
以下略 AAS



179: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:56:35.32 ID:1DFdeF0E0
「あたしからはこんなところ。まあ、すぐに納得はできないよねー」

 志希さんが隣の夕美さんに笑いかける。

「うん、ありがとね」
以下略 AAS



180: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:57:23.30 ID:1DFdeF0E0
 気付けば、私の手はしがみつくように夕美さんのお洋服をつかんでいた。
 とめどなく涙があふれた。
 喉からは言葉にならない、動物の唸り声みたいな音がもれていた。
 なにも考えることができず、こらえることもできなかった。
 恥ずかしいという思いも、夕美さんのケガを心配することも忘れて、ひからびて死んでしまうんじゃないかというぐらい泣き続けた。
以下略 AAS



181: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:59:17.67 ID:1DFdeF0E0
   13.

 桜舞姫のライブから、1週間が経過した。

「白菊」
以下略 AAS



182: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/16(月) 00:00:27.75 ID:we/MuDDP0
 プロデューサーさんが私をじっと見つめる。

「恨まれても文句は言えない。俺に言いづらいようなら、他のプロデューサーか千川さんにでも言ってくれればいいから」

 私が前にいた事務所に、私を解雇させるように仕向けたことを言っているようだ。
以下略 AAS



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