161: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:32:01.43 ID:1DFdeF0E0
11.
『さて、みんなには残念なお知らせになっちゃうんだけど、実は夕美ちゃんがケガしちゃってさ』
『あー、そんな深刻なものじゃないから、心配はしないでいいよ。ただ、このあと予定されてたステージには、ちょっと出れそうにないかな』
162: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:33:13.09 ID:1DFdeF0E0
出てきたはいいけど、なかなか始まらない。ほたるちゃんはマイクスタンドの前で石像のように突っ立ったままだ。
客席が静かになるのを待っているんだとすれば、それは無理ってもんだ。これは放っておいて静まることはない。むしろお客さんたちは困惑を深めて、ざわめきは一層大きくなっている。
そのとき、ふいにほたるちゃんが、にこりとほほ笑み、あたしはぽかんとしてしまった。
意表を突かれたのはあたしだけじゃないらしく、喧噪がすっと吸い込まれるように静まる。その一瞬の隙を突くように、ほたるちゃんがアカペラで歌い出した。
163: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:34:17.08 ID:1DFdeF0E0
初めてその少女と出会ったとき、あたしは「おとなしそうな子だな」と思った。
伏し目がちで口数が少なく、いつもなにかに怯えるみたいにおどおどとしていた。
13歳、あたしから見ると5つ下、ここはひとつお姉さんがリードしてやらねばなるまい、とガラにもなく張り切って、あれこれと喋りかけたりしたもんだ。
164: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:35:22.00 ID:1DFdeF0E0
2曲目、3曲目、4曲目と、硬派なロックバンドみたいに一切MCを挟まずに歌が続いていく。
アイドルのライブらしくはない、だけどそれが通用するだけの力がほたるちゃんの歌声にはあった。
アクシデントに遭うことが多く、オーディション会場にたどり着けないことも珍しくないほたるちゃんは、その実力に対して不当に評価が低い。
単純な技量で比べるなら、本当は事務所のトップクラスにだってひけをとらない。今まではそれを発揮する機会に恵まれなかっただけだ。
165: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:37:09.55 ID:1DFdeF0E0
*
隠れていた倉庫から顔を出し、周囲を確認する。
スタッフの姿、足音、減少。遠くからかすかに音楽と歌声。ライブが再開したらしい。
166: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:38:26.55 ID:1DFdeF0E0
その場を離れ、通路に出る。
目を閉じ、鼻から大きく息を吸い込む。
埃の匂い、金属の匂い、コンクリートの匂い、油の匂い、人間の匂い。
167: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:39:36.58 ID:1DFdeF0E0
「それを決めたのは、あたしのプロデューサーかにゃ?」
「うん」
捜索は打ち切るにしても、そのまま行方不明になられると困る。それよりは、ここで夕美ちゃんと合流してくれたほうが後が楽、ということだろう。
168: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:41:17.03 ID:1DFdeF0E0
夕美ちゃんの横に腰かける。
開いたドアから、かすかに音が届く。夕美ちゃんの曲、ほたるちゃんの歌声。
「聞こえる?」と問いかける。
169: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:43:02.72 ID:1DFdeF0E0
「志希ちゃん、懺悔しまーす」
「ざんげ? はい、どうぞ」
「さっきほたるちゃんに、けっこーキツいことを言ってしまいました」
170: ◆ikbHUwR.fw[saga]
2018/07/15(日) 23:43:50.01 ID:1DFdeF0E0
夕美ちゃんが苦笑する。
「私には、よくわからないなぁ」
それはそうだろう。あたし自身にも、なにを言ってるんだかよくわからない。
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