126: ◆PL.V193blo[sage saga]
2018/04/23(月) 21:50:55.57 ID:uqQOtxCi0
こうして目ば瞑ると――――いつもそこに、おまんが居るんじゃ。
一人の夜も、おまんに逢えぬ日々も、なんにも不安は無かった。眠る前には、目の奥の裏側に、いつもおまんの姿があった。
127: ◆PL.V193blo[sage saga]
2018/04/23(月) 21:57:55.53 ID:uqQOtxCi0
どんな地の上に居ても、お天道様だけは変わらず、優しいやね。もはや死にかけておるというのに、ぽっかぽかと、ええ気持ちじゃ。
優しいお天道様の光に包まれながら、右目の奥でおまんが笑っている。
ここは極楽浄土かな。
128: ◆PL.V193blo[sage saga]
2018/04/23(月) 21:59:36.69 ID:uqQOtxCi0
なあ、楓。ひとつだけ、言うておかねばならん事がある。
おまんは一度だけ、己が俺の労苦の大元であるかのように言うたが、それは断じて違う。
おまんは、俺たちの生まれた故郷の事、覚えているじゃろうか。
129: ◆PL.V193blo[sage saga]
2018/04/23(月) 22:00:28.64 ID:uqQOtxCi0
行き場のない俺が、あの故郷の川で途方に暮れておると、おまんはどこからともなく近くに寄って来て、歌を口ずさんだな。
何者じゃと俺が振り返ると、おまんは兎のようにサッと身を隠してしもうた。こっちを向けと言うたら顔ば伏せて、そのきらきらの瞳を、中々見せてはくれねかったな。
最初の一言を交わすまで、ずいぶん、時間が要ったよな。
130: ◆PL.V193blo[sage saga]
2018/04/23(月) 22:01:32.90 ID:uqQOtxCi0
櫻井様との見合い話が持ち上がったとき、土方さんに俺は、こう言われたことがある。
櫻井家の婿に入れば行く末は大旦那様だ、そっから好きな女でもなんでも、妾に迎えりゃよろしかろう、とな。
131: ◆PL.V193blo[sage saga]
2018/04/23(月) 22:03:11.39 ID:uqQOtxCi0
おまんが売られて行くとき、俺はどうする事もできなかった。涙を堪えるのだけが、いっぱいいっぱいじゃった。
けんど、おまんは、幸せなのじゃというた。ありがたい事だというた。
我が身の不幸を嘆くことなど微塵も無く、たとえ強がりであったとしても、楓のおかげでとと様とかか様がお腹一杯食べられるなら、それで幸せなのですと言うたった。
俺はあん時のおまんほど強い人間を、ついぞ見たことがない。
132: ◆PL.V193blo[sage saga]
2018/04/23(月) 22:05:47.06 ID:uqQOtxCi0
もう、血も脂もほとんど出て行ってしもうて、肉体が果つるを待つのみじゃが、中々死に切れぬ。
往生際悪く、この世に留まり続けるは、やはり、心残りがあるからなのじゃろう。
死ぬのは、怖くねえ。
133: ◆PL.V193blo[sage saga]
2018/04/23(月) 22:07:23.62 ID:uqQOtxCi0
ひとりぼっちの俺の事ば、おまんが二人にしてくれた。そしたら、俺は二度と、元のひとりぼっちに戻ることは、出来んくなってしもうた。
おまんだって、おんなしに違いねえんじゃ。
じゃから、俺はどんな事ばしても、本当は帰らなきゃならなかったのに。
おまんのそばに、最期まで居なきゃならなかったのに。
134: ◆PL.V193blo[sage saga]
2018/04/23(月) 22:09:14.85 ID:uqQOtxCi0
風が、寒い。空が暗くなった。いよいよきっと、終えじゃ。
最期に俺は、約束ば、果たすよ。
135: ◆PL.V193blo[sage saga]
2018/04/23(月) 22:10:59.82 ID:uqQOtxCi0
◇◇◇◇
「――――楓さんッ」
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