8: ◆tADl8swv.6[sage saga]
2017/06/26(月) 15:56:55.46 ID:EWHuDVZJ0
「思えば……ここまで、色んなことがありましたよね」
脳裏に焼きついた記憶の数々。忘れることのない、運命の出逢いから始まったアイドルとして生まれ変わったまゆと歩んだ軌跡。
「……ああ、そうだな」
9: ◆tADl8swv.6[sage saga]
2017/06/26(月) 16:38:46.15 ID:EWHuDVZJ0
その質問に続けるように、まゆは左手のひらを此方側へ向けてきた。
……実際に彼女が指し示している箇所は、手のひらのもう少し下。
そこには、傷があった。他の誰でもない、まゆ自身がつけた傷が。
それはこの世界に抵抗した証。少女が辛くて、弱くて、どうしようもなく優しかったからこそついた傷痕。
10: ◆tADl8swv.6[sage saga]
2017/06/26(月) 17:16:54.11 ID:EWHuDVZJ0
「怖いんです。もし、これが治ったら……まゆがまゆでいられなくなるみたいで……。まゆと貴方の思い出までもが、『無かったこと』にされてしまいそうで……」
"嫌なこと"として処理するのは簡単だ。
"黒歴史"は忘れろなんて忠言は最もだ。
でも、果たしてそんな言葉で終わらせてしまって良いのか。
11: ◆tADl8swv.6[sage saga]
2017/06/26(月) 23:40:59.28 ID:EWHuDVZJ0
─────端的に言うのならば、
佐久間まゆは落ち着いた。
それは、プロデューサーからの確かな愛を感じたのもあり、彼女自身の研究の成果でもある。
12: ◆tADl8swv.6[sage saga]
2017/06/27(火) 00:52:31.15 ID:HIV0unwe0
「う……ふふ……ああ、まゆは本当に、いけない子ですね……」
血が流れる。不規則に枝分かれしながら、下へとポタポタと落ちていく。包丁が切ったのは左手首──ではなく。左手の小指の側面だった。
「指の怪我だって嘯いて。事あるごとに貴方への隠し味として切って混ぜたりして。それでも……それが嬉しくて。痛みさえ、愛しいんです」
13: ◆tADl8swv.6[sage saga]
2017/06/27(火) 21:48:49.97 ID:HIV0unwe0
******
私は──佐久間まゆは、よく周囲から「いい子」だと言われ続けてきた。
真面目に勉強に取り組み、規則は破らず品行方正で、家事の手伝いだって早くから始めたし、表だった人間関係の不和も起こさなかった。
14: ◆tADl8swv.6[sage saga]
2017/06/27(火) 23:01:05.32 ID:HIV0unwe0
『いつかは終わりが来ると知っているから、一分一秒が素晴らしく、当たり前の日々は何より美しい』と誰かが謳った。
私はそうは思わない。だって、認めたくない。受け入れられない。この愛おしい毎日が、いずれ消え去ってしまう運命だなんて。
『永遠』じゃないと嫌なのだ。まゆは終焉なんて望んでいない。この世すべてに抗ってでも、私は永遠を手に入れたい。掴み取りたい。
15: ◆tADl8swv.6[sage saga]
2017/06/27(火) 23:53:16.85 ID:HIV0unwe0
……傷口が塞がった後も、暫くまゆの指を口で抱き留めていた。流れ出たまゆの血液で喉を潤した。
血は鉄の錆び付いた味と言うが、まゆの血の味はそんなに悪いものでもなかった。寧ろ、美味しく感じられる程だった。
傍から見たら、吸血鬼などと揶揄されるのかもしれない。少なくとも血を舐めるという行為は、常識から逸脱しているのだろう。
16: ◆tADl8swv.6[sage saga]
2017/06/28(水) 00:31:48.23 ID:jrlvIJl/0
「ん…………、はっ、ぁ───」
吸い付くだけでは物足りず、まゆは舌で傷口を撫で始める。さらさらした茶色の髪が乱れているのも気にせずに、甘美な声を奏でる。
───ゾクゾクする。言い知れぬ感覚が、脳を、全身を支配してくる。
滅多なことだからか、単純にまゆが上手いのか。
17: ◆tADl8swv.6[sage saga]
2017/06/28(水) 13:19:09.52 ID:tToQ/3mUO
「あ……傷口、塞がっちゃいましたね」
まゆからの一言で意識が現実へと引き戻される。
…………一体どのくらいの間、そうしていたのか。
気付いた時には窓の外には暗闇が広がり、夏と言えどもすっかり夜の景色を映し出すのに十分な時刻となっていた。
18: ◆tADl8swv.6[sage saga]
2017/06/28(水) 16:21:32.49 ID:jrlvIJl/0
右腕をまゆの背中へと回す。
小さなその身体を片腕で抱き締める。
それに呼応して、まゆも両手でしがみついてくる。
最早、お互いが互い無しでは生きていられないほどに依存しきっていることを表すかのように。
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