787: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/01/26(土) 22:26:26.51 ID:ymR8HEsBO
奥山「こっちもあと少しで十五階全体のセキュリティを掌握できるよ」
気を取り直した奥山がハッキングの進捗状況を田中に伝える。
788: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/01/26(土) 22:27:12.37 ID:ymR8HEsBO
奥山「何か、変だぞ」
一方の奥山は違和感に手を止め、思考をフル回転させていた。偶然とは思えないタイミングで無線が通じなくなった。しかし、妨害だとしたらいったいだれが? フォージ安全側の人間である可能性はきわめて低い。セキュリティ・サーバー室は掌握してあるし、妨害が可能なら被害が大きくなる前に行っているはず。第三者の介入? だが、外部にセキュリティ業務が委託された痕跡はなかったはず……
789: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/01/26(土) 22:28:42.14 ID:ymR8HEsBO
奥山「佐藤さん!」
留守番電話センターにつながったが、無視して叫ぶ。
790: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/01/26(土) 22:29:53.72 ID:ymR8HEsBO
李は震えあがっていた。田中が社長室に侵入してきたのを見たとき、李はとっさに立ち上がったが、それ以上は動かなかった。喉は閉塞し、呼吸するのもつらい。眼はずっと見開かれている。田中が強化ガラスのドアの前で立ち止まる。田中と李の眼があった。
田中「久しぶりだな」
791: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/01/26(土) 22:36:07.96 ID:ymR8HEsBO
李「あのときは……ごめんなさい」
顔の横に挙げた両手と唇を震わせながら李が言った。瞳から涙が溢れ落ちた。
792: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/01/26(土) 22:37:14.94 ID:ymR8HEsBO
田中「永井か」
亜人にしか見えないIBM粒子が田中たちを飲み込んだ。並外れた量のIBM粒子を放出した永井は、何食わぬ顔で巨大送風機の前に座ったままだった。永井は無意識に視線をあげ、ふと閉じていた口を開け、つぶやいた。
793: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/01/26(土) 22:38:09.31 ID:ymR8HEsBO
平沢が麻酔銃に換えのダートを装填しているあいだ、背後の若い黒服が高橋に狙いをつけた。
794: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/01/26(土) 22:39:05.48 ID:ymR8HEsBO
「クリア」という声がコイル型イヤホンから聞こえたとき、アナスタシアにはその言葉が何を意味するのかすぐにはわからなかった。少ししてビルに侵入してきた田中たちがやっつけられたのだと思い当たった。
アナスタシアが正解に思い当たったのと同時にスマートフォンがブルブルと振動した。洋式トイレの蓋の上に置いていたのでびっくりするような大きな音が婦人用トイレに鳴り響いた。アナスタシアはビクッと肩を震わせ、そのときの動作によって人感センサーが働き、トイレの照明がパッと光った。
795: ◆8zklXZsAwY[seko]
2019/01/26(土) 22:40:09.19 ID:ymR8HEsBO
アナスタシアはいま黒のウィッグと茶色のカラーコンタクトを付け、ウィッグの色と同じ黒のパンツスーツに身を包んでいる。その姿は百六十五センチという高身長も相まって、キャリアウーマンのように見えるが、足元はレディースの革靴ではなく多少の使用感がある白いスニーカーだった。
火災警報によってセキュリティ・サーバー室の占拠を悟った永井は一通目のメールを送信し、アナスタシアにビル内に入るよう指示した。そのときのアナスタシアは自転車便のメッセンジャーに扮した格好をしていた。変装の精度がどのようなものか判然とせず、アナスタシアはこれまでの人生のなかで最も速く心臓をドキドキさせながらビルへと向かった。十五歳の子どもが隠し事をしたまま、たくさんの大人がいる場所に忍び込むというのだから、当たり前ともいえる反応だった。
796: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/01/26(土) 22:41:08.68 ID:ymR8HEsBO
個室の戸を閉め、肩にかけた大きめのメッセンジャーバックから小さく折り畳んだジャケットとスラックスを取り出して、着替える。パンツスーツとメッセンジャーの格好を比べ、とりあえずいまの姿の方が多少はましだと結論づける。アナスタシアは配達物の封を開け、中身を確認する。無線機と使用法と周波数が書かれたメモがあった。アナスタシアはメモに従って無線機の電源をオンにした。
コイル型イヤホンを左耳に入れた途端、野太い焦燥が色濃く混じった叫びが耳を貫いた。一階の検問ゲートを武装した亜人三人が突破し、ビルに侵入したと言うのだ。
797: ◆8zklXZsAwY[saga]
2019/01/26(土) 22:42:31.52 ID:ymR8HEsBO
この戦いにおいて、自分への期待が高くない ─それどころか、ほとんどない! ── ことはわかっていた。というのも、永井はリスクも手順も最小限の作戦を打ち立てていて、アナスタシアの役目といえば、せいぜい不測の事態が起きた場合にIBMで支援を行うことくらいだったからだ。活躍どころか、働きすらないかもしれないのだ。参戦を通告してから作戦の詳細を知らされるまでのあいだ、アナスタシアには不安と緊張の感情が心の中心に宙吊りになって存在していた。他者の安全、自分の正体の露見、十分な働きができるかどうか……ネガティブな未来が浮かぶたびに、美波やプロダクションのの仲間や学校の友だち(死んでしまった友たちも含めて)のことをイメージとして思い浮かべて戦いの意志を強固にし直していった。だから、永井から役目はほとんどないだろうと知らされたとき、戸惑い、もっと言えば後ろめたさすらおぼえた。密閉された空間に敵を誘い込み、IBM粒子を利用して視界を奪う。永井の作戦が効果的であるのは納得できたし、被害が出る可能性も最小限まで抑えられている点は安堵したほどだった。 でも、とアナスタシアは疑義を浮かべた。亜人であるわたしが、隠れているだけでいいの? 銃を撃ったりはできないとしても、盾になることはできるかもしれないのに……(この時点ではアナスタシアは警備員のことまでは想定していなかった。永井が意図的にその事実を隠したのは、アナスタシアが佐藤と戦う理由はナイーブなものだと予想していたからだった。かすかな銃声が耳に届いたとき、アナスタシアの意識に警備員の存在がはじめて浮上し、その欠落にいままで気づいていなかった自分に愕然とした。すぐに腰を上げたが、銃声はすでにはるか遠くに遠ざかっていた……研究所で見た凍結されていない生々しい滑り気を持った虐殺のイメージが蘇ってきた……「クリア」という声がイヤホンから聞こえ、アナスタシアは現実に戻ってきた)。
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