795: ◆8zklXZsAwY[seko]
2019/01/26(土) 22:40:09.19 ID:ymR8HEsBO
アナスタシアはいま黒のウィッグと茶色のカラーコンタクトを付け、ウィッグの色と同じ黒のパンツスーツに身を包んでいる。その姿は百六十五センチという高身長も相まって、キャリアウーマンのように見えるが、足元はレディースの革靴ではなく多少の使用感がある白いスニーカーだった。
火災警報によってセキュリティ・サーバー室の占拠を悟った永井は一通目のメールを送信し、アナスタシアにビル内に入るよう指示した。そのときのアナスタシアは自転車便のメッセンジャーに扮した格好をしていた。変装の精度がどのようなものか判然とせず、アナスタシアはこれまでの人生のなかで最も速く心臓をドキドキさせながらビルへと向かった。十五歳の子どもが隠し事をしたまま、たくさんの大人がいる場所に忍び込むというのだから、当たり前ともいえる反応だった。
アナスタシアの激しい緊張と不安をよそに、検問は難なく通過できた。
アナスタシアの存在はその身元こそ明かされていなかったものの、フォージ安全ビルでの要撃作戦に参加するにあたって、永井は戸崎に協力者がいることを言及していた。 ──同時にそれは戸崎への牽制として機能した。永井は佐藤拘束の報酬として偽の身分と捕獲対象からの除外を要求し、万が一果たされなかった場合、戸崎の婚約者は協力者のIBMによって殺害されることになると脅迫していた。もちろん、アナスタシアはこのことを知らない。── 戸崎は永井の脅迫を受け止めつつ、作戦の成功率を少しでも上げるため、協力者がビル内に入り込めるよう手筈を整えた。
アナスタシアはメールに従って八階まで上がると、その階にいた女性社員から配達物を受け取った。それから九階に上がり、照明が消えていることを確認すると、すばやくトイレの中に入り一番奥の個室へ向かった。鏡の前を通り過ぎる際、アナスタシアは自分の姿を一瞬だけ認めた。その一瞬で、黒髪に茶色の眼をした、若いというより少女にしか見えないメッセンジャーは明らかに場違いだと思い知らされた。
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