316: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:36:53.10 ID:8mPTevMeO
永井圭から連絡がきたのは二日前。オフの日を利用して千葉県までやって来た。距離からすればそれほどでもないが、交通機関がほとんどない地域で、早朝に出発したにも関わらず、永井が指定した地点に到着したのは、待ち合わせ時刻の正午直前だった。山中での合流は、迷ってしまうのではないかと不安だったが、永井は合流地点への道順を交通機関の利用も含めて詳細にメールしてきて、山中の移動は方位磁石の距離測定のアプリを使いながら永井が置いていった目印をたどることでほとんど問題なくすんだ。合流地点には、まるでベンチのように二本の丸太が草の上に転がっていた。
アナスタシアは到着した直後黒い粒子で狼煙をあげ、永井に到着を知らせた。これも永井の指示で、アナスタシアは黒い粒子にこんな使い方があるとは考えもせず感心していたのだが、永井からの返答はなく、現在も待ちぼうけている状態だ。さっきも黒い粒子で何度目かになる到着のメッセージを送っているのだが、空にもケータイにも一向に連絡はない。
317: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:39:15.33 ID:8mPTevMeO
もしかして、潜伏していることがバレたのでは?
待ち合わせの時刻から一時間が過ぎたところでアナスタシアは不安になってきた。美波の弟が一向に姿も見せない状況に時間が経つごとに焦燥感が増していく。探すにしてもここがどこだが、このあたりに人が住んでいるのかすらわからない。スマートフォンは圏外で地図の検索もできない。
318: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:40:29.12 ID:8mPTevMeO
アナスタシアの予想は正しかった。アナスタシアが眼を覚ましてから十分くらい過ぎた頃、草を踏む音が静かに鳴っているのに気づき顔を上げると、永井が崖にそって歩いている姿が目に入った。コンビニに買い物に行くかのような足取りで、大きめのワンショルダーバックを肩にかけている。アナスタシアは慌ててタオルで汗を拭き取ろうとしたが、永井は思ったより早くアナスタシアの元までやって来た。
永井「待たせて悪かったね」
319: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:41:34.44 ID:8mPTevMeO
水筒の蓋をコップにして注いだ麦茶はかすかな波を作り、葉の隙間から差し込んでくる光線を跳ね返して揺れている。煎った大麦からできた液体は新鮮な色をしていて、その上透き通っている。アナスタシアは麦茶を一口で半分ほど飲みこんだ。冷たさが喉を通る感覚が気持ち良く、残りもすぐに飲んでしまった。蓋を空にしたあとにゆっくり息をつくと、喉に残っていた冷気が口まで戻ってくる。アナスタシアは永井にお礼を言った。
アナスタシア「スパシーバ……ありがとうございます」
320: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:42:35.35 ID:8mPTevMeO
永井「かたちが悪くてごめんね」
アナスタシア「あなたが、作ったんですか?」
321: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:44:15.01 ID:8mPTevMeO
アナスタシアが視線をおにぎりから目の前の永井に向けると、永井はアナスタシアがおいしそうにおにぎりを食べる様子を見て、安心したように薄い微笑みを作っていた。アナスタシアはその微笑みを見て驚いた。
アナスタシアは直接的にはじめて見る美波の弟がどんな顔、表情をしているのか、じっくりとよく見てみたい気持ちだったのだが、自分の顔がさんざん報道され、政府や警察はおろか一般の人びとにも追いかけられ、追い立てられている状況にあっては、そうした態度をとるのは失礼だろうと思い、永井が腰を下ろしたときにひかえめに一瞥したあとは、視線を二人のあいだの地面に向けていた。
322: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:45:17.68 ID:8mPTevMeO
アナスタシア「ごちそうさま、でした」
アナスタシアは手を合わせながら言った。
323: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:47:08.43 ID:8mPTevMeO
永井は、その人物の個人的なことまで知るつもりはないとでもいうように、アナスタシアの言葉を遮った。
アナスタシア「アー……はい」
324: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:49:05.46 ID:8mPTevMeO
永井「亜人管理委員会は現在逃亡中の僕の行方を最優先に捜索しているだろう。僕の家族や知人は確実に監視されているし、電話の傍受や盗聴だって行なわれているかもしれない」
アナスタシア「でも、ミナミはほんとうに、とても心配して……」
325: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:50:33.48 ID:8mPTevMeO
永井は顔を上げて、ふたたびアナスタシアを見据えながら言った。
永井「どうしてわざわざ研究所に?」
968Res/1014.51 KB
↑[8] 前[4] 次[6]
書[5]
板[3] 1-[1] l20