【ミリマス】周防桃子『おとぎばなしで、きっと』
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1: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/01/10(月) 19:21:53.20 ID:170ffVuV0
アイドルという魔法はもう解けてしまっていて、わたしは──桃子は、普通の周防桃子に戻っていく。
ぽつりぽつりとまばらに照らされたステージの上で、桃子はひとりそんなことを考えていた。
ふと誰もいない客席へと目を向ける。
薄暗くて、静かで……。
少しだけ胸の奥に穴が空いたような気持ちだった。
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2: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/01/10(月) 19:24:19.07 ID:170ffVuV0
ほんのさっきまで、このステージの上は、目が眩んでしまうほどまぶしいスポットライトで照らされていて、その真ん中に桃子は立っていた。
たくさんの音が、ステージの上で踊る桃子の体を揺さぶって、そのたびに胸がどきどきした……そんな夢の中みたいなステージ。
3: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/01/10(月) 19:25:13.70 ID:170ffVuV0
今日の公演で着ていたのは、特別な衣装だった。
『メイド・オン・アリス』。
水色がかったドレス。歩くたびに揺れるふわふわのスカート。
頭の上には、大きなリボンがあって、少しだけ気恥ずかしい。
4: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/01/10(月) 19:25:54.89 ID:170ffVuV0
それから──今回は、スタイリストさんにお願いして、普段とは違う髪型にしてもらった。
アリスの物語を表現したかったから、衣装の甘い雰囲気に合わせて、髪を後ろでふたつ結びに。
……そうそう、その事を聞きつけた亜利沙さんがメイク部屋に突撃してきて、本当に大変だったなあ。
5: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/01/10(月) 19:26:21.45 ID:170ffVuV0
公演が始まる直前、舞台袖で待機しているとき、いつもより胸がどきどきした。
今のこの桃子を、ファンのみんなに見てもらえるんだ、って。
それから──スタッフさんの合図と同時に、桃子はステージに駆け出した。
たくさんのスポットライトを浴びて、たくさんの音と、ペンライトの光に包まれて──。
6: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/01/10(月) 19:27:03.43 ID:170ffVuV0
閉じていた目を、ゆっくりと開けた。
そこにあったのは、照明の落とされた、誰もいない客席。
ステージ上の照明も、ぽつぽつとしか点いていなかった。
桃子が歩くたびにシューズが床に擦れて、その小さな音だけが、誰もいない舞台の上に響いてた。
7: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/01/10(月) 19:27:35.10 ID:170ffVuV0
ステージの上で、小さく息を吐いた。
それから、何段かすぐ後ろにある階段を上がって、舞台の中段あたりに、そっと座った。
少しの間、そこで薄暗い客席を、ぼうっと見ていた。
8: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/01/10(月) 19:28:15.68 ID:170ffVuV0
「──桃子、お疲れさま。こんなところに──」
「きゃあっ!」
9: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/01/10(月) 19:28:48.87 ID:170ffVuV0
「えっと……お兄ちゃん。……今の、もしかして聞いてた……?」
それを聞くのは……ちょっとだけ怖かった。
10: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/01/10(月) 19:29:41.19 ID:170ffVuV0
「隣、座っていいか?」
「……うん」
11: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/01/10(月) 19:30:16.80 ID:170ffVuV0
「お兄ちゃん。……『不思議の国のアリス』って、原作だと、アリスが見た夢の中のお話なの」
物語の最後で、アリスは不思議な夢から目覚める。
その後、アリスはお姉さんに夢の中の冒険を無邪気に話すの。
12: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/01/10(月) 19:30:44.11 ID:170ffVuV0
今回の公演の中で、アリスはたくさんの冒険をして、そこでたくさんの仲間たちと出会った。チェシャ猫さん、帽子屋さん、白うさぎさん──それぞれ、茜さん、千鶴さん、紬さん───と仲良くなって。
物語の最後では、お姉さん──真美さん──とも一緒に、みんなでお茶会をした。
ちょっぴり騒がしくて……でもそれが何故か心地よくて。本当に楽しかった。
だから、今は──。
13: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/01/10(月) 19:31:38.61 ID:170ffVuV0
桃子は、何も喋らなかった。
……ううん、本当は喋れなかったんだとおもう。
これ以上、自分の心を上手く説明することができそうになかったから。
胸の中では、自分のいろんな気持ちが混ざり合って、ぐるぐる回ってた。
14: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/01/10(月) 19:32:32.56 ID:170ffVuV0
ふと桃子がお兄ちゃんの方を見ると、そこで目が合った。
お兄ちゃんは、どこか優しい表情をしていたように見えた。
「……うん。きっと、それでいいんじゃないか?」
15: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/01/10(月) 19:33:07.48 ID:170ffVuV0
「うん……。お兄ちゃんの言ってること、今の桃子なら少しだけ分かる気がする」
──きっと、桃子も、夢の中にいていいんだよね。
アイドルになって、劇場のみんなとたくさん一緒にいて、気づいたことがある。
16: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/01/10(月) 19:33:36.11 ID:170ffVuV0
「……桃子も、ずっと夢を見ていたいよ」
ずっと夢を見ていられたのなら、よかったのに。
夢の中みたいだった公演も、もう終わってしまった。
17: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/01/10(月) 19:34:07.92 ID:170ffVuV0
「あの、ね。その……うまく言えないんだけど……。桃子、公演が終わってほしくない、いつまでもこの時間が続いてほしいって思ったの」
心の中に浮かんでくる言葉を、そのまま呟いた。
それをぽつりぽつりと声にするごとに、桃子の指先はだんだんと冷たくなっていく。
18: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/01/10(月) 19:37:01.30 ID:170ffVuV0
「桃子」
お兄ちゃんの声が聞こえる。
その声は暖かくて、桃子の心の中に染み込んでいくみたいだった。
19: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/01/10(月) 19:37:29.38 ID:170ffVuV0
「桃子の『夢の時間が終わってほしくない』っていう願いは……現実的には、すごく難しいことだと思う。……桃子自身も、そんなのは叶いっこない夢だって思うかもしれない」
叶いっこないなんて、そんなこと桃子自身がいちばん分かってる。
それでも──桃子は、おとぎばなしみたいな夢の中で、ずっとみんなと一緒にいたいって思ったんだ。
20: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/01/10(月) 19:38:14.97 ID:170ffVuV0
「もし桃子が、本当は夢を見ていたいと思うのなら──たとえそれがどんなに難しいことであったとしても、俺は桃子の夢を一番近くで支えて、一緒に叶えていきたいと思ってる」
……お兄ちゃんって、本当に変わってる。
普段は子供っぽくて、楽観的で、たまに意地っ張りで……。
21: ◆Kg/mN/l4wC1M[saga]
2022/01/10(月) 19:38:54.86 ID:170ffVuV0
「……お兄ちゃんが桃子にそう言ってくれるのは、お兄ちゃんが桃子のプロデューサーだから?」
気づけば、桃子はそれを言葉にしてた。
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