芹沢あさひ「この雨がいつか止んだなら」
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104: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:03:49.36 ID:hoMUvMIQo

「『わたしに、何者であってほしいっすか?』って。そしたらプロデューサー、これまでに見たことがないくらい楽しそうに笑ってて。たったそれだけのことなんすけど、なんというか、あの一瞬が今でも忘れられないんすよね」

 すっかり濡れた上着の上から手を当てて確かめる。
 あのときのプロデューサーの笑顔が、心の奥のほうに深く突き刺さったまま抜けないでいる。
以下略 AAS



105: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:04:42.48 ID:hoMUvMIQo

 それは、私がずっと思い出せずにいたことだった。
 何度も何度も繰り返して、それでも思い出せなかった何かだ。

 ――それが、思い出せないんす。理由は分からないんすけど、あのプロデューサーが笑ったってのがあまりに衝撃的だったせいなんすかね。肝心の答えが思い出せなくて、わたしもずっと困ってるんす。
以下略 AAS



106: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:05:21.49 ID:hoMUvMIQo

 しかしどういうわけか、いまだけは何かを誤魔化そうという気にはなれなかった。

 私にとって、それはとても不思議なことだった。
 だって、ずっと目を逸らし続けてきた言葉なのに、こんなにも容易くこの右手が触れてしまいそうだったから。
以下略 AAS



107: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:05:48.48 ID:hoMUvMIQo

「『何者にもならなくていい』」




108: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:06:22.97 ID:hoMUvMIQo

 それが、あの日、プロデューサーが私に告げた言葉だった。

 私の後ろで彼は浅いため息を一つ吐いた。
 もしかしたらそれは安堵の表れだったのかもしれない。
以下略 AAS



109: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:06:49.70 ID:hoMUvMIQo

 手に掴んだ言葉はあまりにも唐突で、なのにこれ以上ないほど滑らかに声へと変わる。

 その答えを、あるいはもっと綺麗に伝える方法があったのかもしれないと思う。
 たとえば階段を一段ずつ丁寧にのぼるみたいに、もっと自然な過程を経て、そうしてここまで辿りつく方法が他にもあったのかもしれないと思う。
以下略 AAS



110: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:07:24.99 ID:hoMUvMIQo

「答えなんて、本当は何でもよかったんす」

 それは今日ここまで運んできた言葉の一つだった。

以下略 AAS



111: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:07:56.48 ID:hoMUvMIQo

 傘を叩きつけていた雨の音は、ふと気がつけばぴたりと止んでいた。
 それまでは空を遮っていた黒色の傘が視界の外に消えていく。
 そのかわりに顔を覗かせた空は依然として曇っていた。
 天気予報がどう言っていたかは知らないけれど、でもなんとなく、もう一度降り出すということはないんじゃないかという気がした。
以下略 AAS



112: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:08:39.25 ID:hoMUvMIQo

「よく言ってたよ。自分が隣にいるせいで、あさひの人格を傷つけたくないって」
「どういう意味っすか?」
「さあ。俺はあの人じゃないから分からないけれど、多分、そのままの意味なんじゃないかな。自分の色に染まっていくあさひの様子を、あの人はあまり良しとはしていないようだった」
「まあ、そうっすね。あのときの答え自体がそういう意思表示だったんだと、いまでは思うっす」
以下略 AAS



113: ◆J2O9OeW68.[sage saga]
2020/01/04(土) 21:09:30.18 ID:hoMUvMIQo

 しばらくして風が止み、ぎゅっと結んでいた目を開くと、辺りの空気は微かな熱を孕んだ光に薄らと染め上げられていた。
 あんなにも重たく塞いでいた曇天はついに解けて、その隙間からは白くぼやけた青色が幕のように降り注いでいた。
 コントラストの効いた空だった。

以下略 AAS



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