32: ◆jEbRvHU8C2[sage saga]
2019/07/14(日) 16:08:07.34 ID:UfnhAP/w0
ですが、まだ。
まだ、見て貰っているだけです。
大丈夫ですよと彼の頭をなでなでしながら、私の方へと少し力を込めると、
それに合わせて彼が近付いてきて。
33: ◆jEbRvHU8C2[sage saga]
2019/07/14(日) 16:08:37.51 ID:UfnhAP/w0
運命の赤い糸と言う表現があります。
言われは諸説ありますが、興味深いものが1つ。
いわく、嫁ぎたての嫁を安心させるために旦那が用いた方便だったというものです。
かつて、現代日本で考えれば年端もいかぬ娘を、当人を置き去りに家同士だけで決めて嫁がせていた時代。
34: ◆jEbRvHU8C2[sage saga]
2019/07/14(日) 16:09:06.54 ID:UfnhAP/w0
ぎゅうぎゅうと挟まれた彼の感触を感じながら、ふと、かつての本のことが脳裏をよぎりました。
叔父さんから買い取った、売りモノにならない本。
持ち帰った私は、あの本を手に机に向かいました。
表紙と背表紙を両の手でそれぞれ持てば、自然と開く、彼の血を内包した箇所。
35: ◆jEbRvHU8C2[sage saga]
2019/07/14(日) 16:09:33.69 ID:UfnhAP/w0
しかし、彼にとってそれはきっと通用しないでしょう。
それがわかっているから、見せるわけには、いかない。
不可抗力とはいえ、血塗れで本を台無しにするという、眼を背けたい行為に関わってしまった彼です。
恐らく、本の行方こそ訊ねど、実物をもってして無事を確認したいとは言い出さないでしょう。
36: ◆jEbRvHU8C2[sage saga]
2019/07/14(日) 16:10:09.18 ID:UfnhAP/w0
彼の吐息が激しくなっていくのを感じます。
呼吸や姿勢に苦しんでいるのではありません。
そうであれば、こんなに熱を帯びたりはしないハズですし、
うつぶせに寝転んだまま腰だけをずりずりと動かすなんてしないでしょう。
37: ◆jEbRvHU8C2[sage saga]
2019/07/14(日) 16:10:35.76 ID:UfnhAP/w0
ぐじゅぐじゅする座布団の感触が冷たさを伴い始めました。
…どれほど経ったでしょうか。溢れるほどの熱を感情のままに吐き出して、少し落ち着きを取り戻します。
絶え絶えの息で、笑みを浮かべている。そこまでは自分でもわかっていたのですが、
よもやだらしなくヨダレで襟元を濡らしているとは、このときやっと気付きました。
…こんなだらしのない顔を見られるわけにはいきません。
38: ◆jEbRvHU8C2[sage saga]
2019/07/14(日) 16:11:06.07 ID:UfnhAP/w0
私と眼があって、それでも笑んだままで、…思わずつられて私もまた笑み返しました。
と同時に。その顔の向こう、さきほどまで小刻みに動いていた彼の腰が、
中途半端に浮かされたままになっているのが見えました。
ヨダレを拭ったそのままに、彼の頬を抱えるように、両の手を差し伸ばして。
39: ◆jEbRvHU8C2[sage saga]
2019/07/14(日) 16:11:35.28 ID:UfnhAP/w0
自身が果たして何者なのかさえあやふやになるほどわからなくなった私ですが、
もしも私がどうしようもなくヒトであり、綴る人生を本に例えられるとするならば。
それを誰に読み進めてもらうのが幸せか。
私には、1つ、答えが見つかった気がします。
40: ◆jEbRvHU8C2[sage saga]
2019/07/14(日) 16:12:10.03 ID:UfnhAP/w0
「本に、命を」
41: ◆jEbRvHU8C2[sage saga]
2019/07/14(日) 16:12:53.40 ID:UfnhAP/w0
以上となります。
お読みいただきありがとうございました。
こちらは、とあるアンソロジー企画に寄稿させていただいたSSです。
文香にぎゅーっとして貰いたい。
42: ◆jEbRvHU8C2[sage saga]
2019/07/14(日) 16:13:26.91 ID:UfnhAP/w0
以前に書いたもの
佐久間まゆ「記憶喪失のプロデューサーさん…♪」
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