226:(5) ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/11(木) 22:04:59.96 ID:E/BVepxA0
莉緒がそう言うと、春香はちょっぴり照れた様子を見せた。
春香は話題を変えるように、このみに聞いた。
「このみさん。今このみさんがやっているのって、どんなお話なんですか?実は私、まだ聞いてなくって……。」
227:(6) ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/11(木) 22:05:46.44 ID:E/BVepxA0
「最初の方は、本当に鶴の恩返しと同じなんですね。」
「ええ。青年の前では、本当の自分を隠して振る舞わないといけなくて。……扉の向こうで機を織るときしか、鶴は本当の姿になれないの。」
228:(7) ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/11(木) 22:06:24.62 ID:E/BVepxA0
「……正直、本当に通用するのかは分からないけど……。出来ることは全部やってきたつもりよ。」
このみは、今までの日々を思い返すように、そう言った。
はじめは役の気持ちを掴む事もままならなかった。
229:(8) ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/11(木) 22:07:12.95 ID:E/BVepxA0
このみがふと莉緒の方を向くと、そこで莉緒と目が合った。
莉緒は、なにやらニヤニヤと微笑んでいた。
「な、なによ。莉緒ちゃん。」
230:(9) ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/11(木) 22:08:12.12 ID:E/BVepxA0
『春の嵐』。
春香がかつて主演を務めた舞台の名前だ。
この舞台は、その頃の春香が世間から注目を集めたきっかけの一つで、後のアイドルアワードの受賞にも繋がったとも言われている。
アイドル天海春香が持つ可能性を女優という新たな領域で示した、と当時評されていたのを、このみは覚えている。
231:(10) ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/11(木) 22:09:06.30 ID:E/BVepxA0
莉緒の言葉に、春香は、何かあったかな……といった様子で考え込んだ。
しかし、少し経ってから、何かを思い出したように、ゆっくり話し始めた。
「ええと、上手く言えないんですけど……。私が舞台に立ったとき、『演技って本当に人それぞれなんだ』って。……そう、感じたんです。」
232:(11) ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/11(木) 22:09:46.98 ID:E/BVepxA0
莉緒は首を傾げながら、このみに聞く。
このみは一瞬言葉に詰まり、少しの間考えを纏めるような素振りを見せた。
「莉緒ちゃん、前に雪女の役をやった事があったでしょ?……私、鶴を演じるのに、最初の頃は莉緒ちゃんの雪女をイメージしながらやってたの。」
233:(12) ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/11(木) 22:10:33.56 ID:E/BVepxA0
このみは莉緒と春香を見つめて、そう言った。
その声は、まるで誓いを立てるかのように真っ直ぐで、芯が通っていた。
「莉緒ちゃんの雪女は、普段の莉緒ちゃんとは全然違う子だけど、すごく莉緒ちゃんらしくって。
234:(13) ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/11(木) 22:11:01.44 ID:E/BVepxA0
このみは、前を見た。
そこには変わらず、莉緒と春香がいて、いつもと同じ高さで目と目を交わした。
二人は何だか嬉しそうだった。
235:>>219の続きからです ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/11(木) 23:52:05.51 ID:E/BVepxA0
***
あのオーディションまでの日々から何か月かが経ち、季節も移ろいでいた。
年は明け、1月も後半に差し掛かった頃で、劇場のまわりには乾いた寒風がぴゅうと音を立てて吹いていた。
236: ◆Kg/mN/l4wC1M
2020/06/11(木) 23:52:31.56 ID:E/BVepxA0
扉を開けると、ピアノの音に支えられた、透き通った歌声たちがこのみの元に飛び込んできた。
舞台袖からは、まつりたちがステージ上に投げかけられた一筋のライトに照らされ、歌っているのが見えた。
瞳の中のシリウス──貴音、まつり、美也、海美の4人が織りなす透明な世界には、
風吹く冬の夜の冷たさだけではなくて、心が融けだしていくような、そんな暖かな輝きがあった。
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