82:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 00:16:04.50 ID:SYS+AFC90
「家出……あるよ。ずっと小さかった頃に、一度だけ」
プロデューサーは、鼻で一つため息をついた。
「といっても、隣町の公園まで歩くのがやっとだった。
83:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 00:19:36.10 ID:SYS+AFC90
新宿から、湘南新宿ラインとかいう電車に乗った。
プロデューサーに教えてもらって、夕美ちゃんの実家の最寄り駅には苦も無くたどり着くことができた。
なんでも、未成年者のアイドルの場合、事務所との契約は親が行うものらしい。
あれ――あたしの時はどうしてたんだっけ?
84:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 00:22:17.80 ID:SYS+AFC90
「突然失礼致します。
夕美さんをお預かりしている事務所の、プロデューサーでございます」
外から見る分には何の変哲も無い、オーソドックスな二階建ての一軒家だ。
85:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 00:26:02.96 ID:SYS+AFC90
通された先のリビングは、夕美ちゃんの部屋ほど極端ではないにせよ、やはり色んな花のイイ匂いで一杯だった。
大きな窓から差し込む陽の光が部屋を明るく照らして、あたしが勝手に抱えている陰鬱な思いを少しだけ軽くしてくれる。
ジャスミンティーを淹れながら、夕美ちゃんのお母さんは申し訳なさそうに語った。
86:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 00:32:33.85 ID:SYS+AFC90
「そこの庭の隅っこに、ネットが架かっているのが見えますか?」
お母さんは、窓の外にある庭の一角を指差した。
パッと見、ネットというより布が架かってあるだけかと思ったら、よく見ると蔓みたいなのがビッシリと茂っている。
「アサガオです」
87:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 00:36:15.04 ID:SYS+AFC90
一緒に怒ってくれるかと思ったら、先生に裏切られちゃったわ、なんて、お母さんは冗談ぽく笑った。
とても楽しそうに、彼女は言葉を続ける。
「それからというもの、夕美はいつも先生を家に招いて、夢中で庭いじりをするんです。
ねぇ、この子はどこに植えたらいいの? 肥料をたくさんあげたら元気になる? ちょっとこの子は剪定しすぎちゃった? なんて、泥だらけになりながら先生に聞くんです。
88:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 00:42:56.74 ID:SYS+AFC90
小学校に行っても、夕美ちゃんの姿は無かった。
ただ、年配の先生がちょうど捕まったおかげで、話を聞くことができた。
夕美ちゃんのこともよく知っているみたいだ。
89:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 00:47:32.50 ID:SYS+AFC90
年配の先生の話が、夕美ちゃんの昔話になってきた。
どうせ言うことは決まっている。
あの子は良い子だった、優しい子だった。
興味深いけど、彼女を見つけたい今のあたしにとっては、聞くまでもない内容だ。
90:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 00:49:13.98 ID:SYS+AFC90
「まったく……ヘンなところで大胆すぎるよ、夕美ちゃんは」
と、ため息をついたあたしの鼻腔を、花の香りがふわりと刺激した。
91:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 00:51:46.43 ID:SYS+AFC90
――キンモクセイの花言葉は『大胆』だ。
少なくとも、あたしが作ろうとしているピンクのキンモクセイは、それだと決めている。
それはともかく。
92:名無しNIPPER[saga]
2019/04/29(月) 00:56:26.98 ID:SYS+AFC90
一旦事務所に戻り、夕日が差し込むガレージに駆け込む。
ピンクのキンモクセイは健在で、夕美ちゃんが来た形跡は――ちょっと期待していたけど、やはり無かった。
でも、落ちこむことはない。
あたしの予測は確信に変わっている。
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