10:名無しNIPPER[sage saga]
2018/08/26(日) 00:48:17.03 ID:BsXQ9LjA0
居間に戻ると、母と祖父が何か話し合っていた。私は少し離れたところに座って、仕事の連絡が何か来ていないか確認する。
「みく!」
突然低い声で名前を呼ばれて、背筋がピンと伸びた。
11:名無しNIPPER[sage saga]
2018/08/26(日) 00:49:24.78 ID:BsXQ9LjA0
帰りの車で、私は膝の上に置いた赤い浴衣に目を落とした。
「なぁ、お爺ちゃんってどうやってお婆ちゃんと結婚したん?」
「恋愛結婚」
「それは知っとる」
12:名無しNIPPER[sage saga]
2018/08/26(日) 00:50:07.25 ID:BsXQ9LjA0
自宅に帰ったあと、また自分の部屋に寝転がった。実家ではどうもだらけてしまう。ガラス戸越しでも聞こえるくらいうるさいセミの声。上京する前には当たり前だった夏の日々だ。
古い木の柔らかい香りがすることにふと気づいた。隣に置いていた浴衣に箪笥の匂いが染みついていたようだ。
なんとなく、ちゃんと着てみたくなった。
13:名無しNIPPER[sage saga]
2018/08/26(日) 00:51:30.78 ID:BsXQ9LjA0
「……アンタ何しとん?」
頬が熱くなった。
「……浴衣着ようとしてる」
14:名無しNIPPER[sage saga]
2018/08/26(日) 00:53:25.55 ID:BsXQ9LjA0
とりあえず、ちゃんと着た浴衣姿を見ようと携帯のインカメラで確かめてみる。
思っていたよりいい感じなので、コンタクトをわざわざ入れて営業スマイルで自撮りしてみた。少し雑にくくったポニーテールも上目遣いも完璧だけど、キツかった胸のあたりの露出が大きいからSNSには上げられなさそうだ。私は携帯を帯の隙間に仕舞った。
ベランダに出てみる。わずかに見える、駅に続く大通りには、鮮やかな浴衣を着た男女が歩いていた。また胸がチクリと痛む。アイドルになってしまった私は一人の女子高校生として友達と花火大会の会場に行くなんてできない。
15:名無しNIPPER[sage saga]
2018/08/26(日) 00:54:23.75 ID:BsXQ9LjA0
夕暮れの街には昨日と変わらずセミの声と河の匂いがする。少し過ごしやすくなった気温の中で、あの歌を思い出して口ずさんでみる。どこまでも広がるグラデーション。よく聞いているわけでもないのに、歌詞がどんどん出てくる。そういえば一度収録したことあったな、と思った。
サビまで歌って、何か物足りなくて、やめた。
「ねぇ」
16:名無しNIPPER[sage saga]
2018/08/26(日) 00:55:56.59 ID:BsXQ9LjA0
遠くでマイクでしゃべっている声が聞こえる。そろそろ打ちあがるのだろう。そう思った瞬間に、パッと空が明るくなった。一発目が上がったのだ。少し遅れて炸裂音が聴こえる。
物足りない。
17:名無しNIPPER[sage saga]
2018/08/26(日) 00:57:46.76 ID:BsXQ9LjA0
電話口の李衣菜ちゃんは、一言目の関西弁がウケたみたいでしばらく笑っていた。それからちょっとムカついた私は標準語でしゃべっている。ちょっとの間、イントネーションが標準語と関西弁の間で揺れていたけど。李衣菜ちゃんは時折聞こえる花火の音に興奮しながら、私といつも通りにロックとか猫とかの話していた。
私は浴衣姿がどうだったか尋ねていない。そもそもすぐに電話をかけたし、多分見ていないと思う。しかも、尋ねるのは自意識過剰みたいで嫌だ。だったら何で送ったんだ、ということになるけど、そこは花火大会の夜の熱に浮かされた、ということにしたい。
花火大会は終わりに近づく。遠くのマイクの声を聴きとるのも慣れてきて、終わりに向けてこれから一気に何発も打ち上げるということが分かった。
18:名無しNIPPER[sage saga]
2018/08/26(日) 00:59:21.58 ID:BsXQ9LjA0
もし花火大会に誰かと行けたら。
私は李衣菜ちゃんと行く。その隣で花火を眺めたい。李衣菜ちゃんがカッコいいことを言った後に恥ずかしがっても、絶対に逃がさないように。
19:名無しNIPPER[sage saga]
2018/08/26(日) 01:01:43.85 ID:BsXQ9LjA0
以上となります。
お読みいただきありがとうございました。
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