8: ◆U.8lOt6xMsuG[sage saga]
2018/04/09(月) 00:06:31.88 ID:BEFLqt5g0
言いようのない不安と、将来に対する諦めのような何か。それらを抱えたまま歩いて行く。心臓はやけにうるさいのに、頭は逆に冷静で、何だろう、こんな感覚は初めてだ。
初めての感覚に戸惑いながら、重ったるい足を動かしていく。人混みの中で、なるべく下を向いて、歩き続ける。すると、交差点で赤信号に引っかかった。ここを渡れば銀行だというのに、待ち時間がやけにもったいなく感じる。時間なんて、これから先いくらでもあるだろうにと、自虐気味に心の中で呟いた。
9: ◆U.8lOt6xMsuG[sage saga]
2018/04/09(月) 00:07:03.33 ID:BEFLqt5g0
ハズだった。
10: ◆U.8lOt6xMsuG[sage saga]
2018/04/09(月) 00:07:40.89 ID:BEFLqt5g0
突然、がっしりと、右の手首を捕まれる。
「!? え? 何!?」
11: ◆U.8lOt6xMsuG[sage saga]
2018/04/09(月) 00:08:12.55 ID:BEFLqt5g0
ジェットコースターもびっくりの急展開が私を襲う。道行く人々は、私達のほうをチラチラと見ながらも、関わらないように早足になって横断歩道を渡っていく。
お願い? お願いって…。
12: ◆U.8lOt6xMsuG[sage saga]
2018/04/09(月) 00:08:40.81 ID:BEFLqt5g0
近くの喫茶店へ並んで入る。お客さんからもあまり見られない隅っこの席で、男の話を聞いていった。
「芸能事務所のプロデューサー?」
13: ◆U.8lOt6xMsuG[sage saga]
2018/04/09(月) 00:09:12.03 ID:BEFLqt5g0
「荒木さん。俺はあなたをアイドルになってもらいたいと、心の底から思っています」
真っ直ぐ私の方を見ながら、彼は言葉を紡ぐ。私は彼の視線の耐えられず、うつむきながら、また反論する。
14: ◆U.8lOt6xMsuG[sage saga]
2018/04/09(月) 00:09:45.32 ID:BEFLqt5g0
「アタシが…」
私は自分の事を、社会の片隅で、コッソリ生きていくのが性に合っている人間だと思っていた。漫画を描いて、食べて、寝てれば幸せな生き物なのだと、そう思っていた。
15: ◆U.8lOt6xMsuG[sage saga]
2018/04/09(月) 00:10:17.53 ID:BEFLqt5g0
チクタクと、時計の秒針の音をBGMに、私は昨日投げかけられた言葉を思い返していた。
『比奈にもいつか、きっと夢が見つかるって!』
16: ◆U.8lOt6xMsuG[sage saga]
2018/04/09(月) 00:10:50.39 ID:BEFLqt5g0
彼…プロデューサーさんと別れる前に、アタシは一つ条件を出した。それは、「アイドルするのは、今描いてる32ページを終わらせてから」というもの。プロデューサーさんは「終わったら連絡して欲しい」とだけ言って、もう一枚名刺を渡してきた。もうもらいましたよと指摘すると、恥ずかしそうに懐にしまった。
そして今は、ペン入れの真っ最中。驚くほどに筆は乗り、過去でも一、二を争うほど作業スピードがいい。
17: ◆U.8lOt6xMsuG[sage saga]
2018/04/09(月) 00:11:24.59 ID:BEFLqt5g0
◆◇◆
「と、まあ、こんなところっスね」
18: ◆U.8lOt6xMsuG[sage saga]
2018/04/09(月) 00:12:09.29 ID:BEFLqt5g0
午後11時30分。鍋もケーキも食べ終わって、後片付けも(「主役は座ってて」と主に二人が)した。二人はもう寝ている。明日がオフの私と違って、二人には仕事があるし、このままぐっすりとしてもらおう。本当はまだまだおしゃべりがしたかったけど、しょうがないよね。
私は一人起きて、スマホの画面を眺めていた。
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