583: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/04/17(火) 21:56:41.37 ID:7BzTB0Y9O
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584: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/04/17(火) 21:59:23.16 ID:7BzTB0Y9O
アナスタシア「アヂン、ナッツァッチ……じゅういち、人……」
アナスタシアは数を数えてみた。十一人分の命、十一人分の命がゼロになったときのことを考える、そのときはもっと多くの、夥しいと言っていいほどの命が消える、そんな事態が起きる、ほとんど確信にちかい思い、ふと《戦争》という言葉が頭をよぎった、それは文章になった、それを読んだのは誰かの肩ごしから、──パパ? ママ? グランパかグランマ? それとも、まったく別の人? フミカもよく本を読んでるけど、覗きこんだことはないからちがうはず──こんなふたつの文章を。
585: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/04/17(火) 22:00:57.90 ID:7BzTB0Y9O
亜人が三人も集まったのなら、尽きることのない命が三つも集まったのなら、《戦争》を、いや《戦争》が起きるのを止められるかもしれない。でも、そうだとしても、覚悟が決まらないし、勇気が足りない。美波がいたらと考え、すぐ思い直す。遠ざけねばならないのだ、争いや殺しといったおそろしいことから。アナスタシアはペシコフを亡くしたときの祖父の姿を思い出す。あきらかに心の均衡を崩していた、正気でいたくないという願望、他人事ではない死の恐怖。美波もそうなっている。佐藤のテロせいで、亜人の国内状況はひどくなるし、亜人の家族にとってもひどくなる。祖父のときよりもっとひどく、長く続く状況。
アナスタシアとちがって、中野は決然とした態度で永井に身を乗り出して大声で言った。
586: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/04/17(火) 22:11:12.16 ID:7BzTB0Y9O
永井は指を二本立てた。中野とアナスタシアはその指を見ながら永井の言葉を待った。永井がふたりの方を向いて、言った。
永井「ひとつ目は……僕がそこらの大人なんかよりよっぽど頭がいいってとこだ」
587: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/04/17(火) 22:12:45.56 ID:7BzTB0Y9O
《戦場に次の三つのうち、ひとつだけ持っていけるとしたらどれを選びますか?》
@修練により鍛え上げられた屈強な肉体
588: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/04/17(火) 22:14:19.93 ID:7BzTB0Y9O
高架線の下は暗く、高架橋にのっているコンクリートできた道路は、ぎゅうぎゅうに押し固められたひとつの夜の塊のようだった。アナスタシアは永井の横顔をみた。動作中のオーディオのほのかな青色の光が、わずかにふくらんだ前髪、鼻梁から顎までにかけての輪郭をよわよわしく浮かび上がらせている。
永井「つまり、僕らが今やるべきは何か?」
589: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/04/17(火) 22:18:43.50 ID:7BzTB0Y9O
アナスタシア「ケイ」
アナスタシアは首をつきだして、顔を見下ろしながら永井に呼びかけた。
590: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/04/17(火) 22:20:45.06 ID:7BzTB0Y9O
宙吊りの状態。アナスタシアは二つの極のあいだで惑っていた。ひとつは、たとえるなら上方に位置するほうで、そこでは無数の輝きが空間いっぱいに星の海のように広がっている。視界の下から上まで光に満たされ、光を見る自分自身も輝きのひとつになっている。対するもうひとつ、下方に存在するのは死者たちだ。雨に濡れた地面に横たわる死体の反応の無い眼、スプリンクラーが血を洗い流している研究所の通路、墜落させられた旅客機、崩れ落ちるビル、瓦礫の下の人びと、SAT隊員五十名。死者たちのリストは続く。あらたに十一名が加わる可能性。死者の長い列は続いてゆく。
このようなリストの存在をいつから意識し始めたのか、アナスタシアは疑問に思った。佐藤による暗殺リストの公表が形を明確にしたわけだが、本質はすでにアナスタシアの内部にあった。観念から形象へ。その観念はいつ生まれたのか。死についての観念は。自分がはじめて死んだときかと思ったが、そのときの記憶ははるか過去のもので、痛みの実感とともに遠くにある。幼い頃のアルバムを開いた両親が親戚に向かって撮影当時のエピソードを語っているのを、すこし気恥ずかしい思いをしながら他人事のように聞いているときのようなもので、振り返ってみてもその当時がみずからの人格形成に作用したとはどうしても思えない。だから、アナスタシアにとって、死というものの存在を知った日、死の観念が生まれた日は、うちひしがれた祖父の姿を見たときだ。そして、そのときから漠然と抱いていた死のおそろしさにはじめて戦慄したのは、永井圭が死んだときだった。それは美波の動揺に反応した面もあったが、死そのものに対する言い様のないリアルな不気味さを実感したせいでもあった。以前にも似たような感触を味わったことがある。中学生のときだ。
591: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/04/17(火) 22:22:37.68 ID:7BzTB0Y9O
中学の一、二年のとき。夏休みがあけた九月一日の始業式。全校生徒が体育館に集められていた。アナスタシアは隣の列の友だちと他愛なくおしゃべりしながら始業式がはじまるのを待っていた。マイクで拡声された学年主任の声が響いて、校長先生が壇上へあがる。学年主任と入れ替わるかたちで演台の前に立った校長は、おはようございますと生徒たちに向かってあいさつをした。マイクを通しているにも関わらず、声は低く通りがよくない。そのせいか生徒たちの返事はまばらでためらいがちだったが、校長はやり直しを求めなかった。
校長はこう言った。悲しいお知らせがあります。三年ーー組のーーさん(クラスも名前も覚えてなかったが、名前は女子生徒のものだということだけは確かだ)が夏期休暇中に亡くなられました。交通事故でした。
592: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/04/17(火) 22:28:28.99 ID:7BzTB0Y9O
それをきっかけにしてか、演台の校長が哀悼の言葉を言う。黙祷が一分つづき、それが終わると校長は演台から離れ、学年主任と交代した。学年主任も引き継いだように哀悼の言葉を一言いってから、連絡事項に移る。始業式が終わり、教室に戻ってからも担任教師が女子生徒のことでなにかを言った。おざなりではなかったが、演台の校長の言葉にくらべると、深刻さは薄かった。
しかし、それも無理のないことだった。三度目ということもあるし、アナスタシアを含む教室の全員が上級生の死に対して、可哀想と思いつつも、悲しみにくれていなかったからだ。顔も名前も知らない人の死を心から悼むことはできないのは当然だ。
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