544: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/02/18(日) 20:56:38.05 ID:oL93h30zO
それを探してまずはじめに思い浮かんだのは、森の中で見た永井のしかめ面だった。スマートフォンから漏れ聞こえてくる怒声に困っていた顔。いま思えば、あの怒声は永井に向けられたものではなかった。永井なら怒鳴られたところで眉ひとつ動かすでもなし、そもそもなぜ電話に出たのだろう?
その疑問が頭に浮かんだ瞬間、パズルのピースが音をたててはまった。電話越しの罵倒の言葉が小楢の木の下で永井が口にした「おばあちゃん」という語とイコールで結ばれ、ひとりで森を引き返した永井がなにをしに行ったのか検討がついた。そして見当がつくと、研究所の屋上で、永井はやっぱり研究員を助けていたのだと確信できた。
545: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/02/18(日) 20:58:52.13 ID:oL93h30zO
アナスタシア「おばあちゃん、森での電話も……」
永井「あの研究員には利用価値があった」
546: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/02/18(日) 21:18:44.07 ID:oL93h30zO
そう言ってから、アナスタシアの表情を見る。返事は聞くまでもなかった。永井は悩ましげに瞼をぎゅっと閉じ、指で押さえた。いったいどうして、こいつはこんな状況なのに情緒的にしか頭を働かせられないんだ。情緒を理由に行動したり、モラルを優先したりするのは、市民権のある人間ーーそう、まさしく人間ーーにしかできない贅沢だってのに。権利のない人間にとって、道徳の優先順位は食うことより下。ブレヒトを読んでなくたって、それくらい理解できそうなものなのに……。
永井「ああ、そういうことか」
547: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/02/18(日) 21:21:08.18 ID:oL93h30zO
容姿や言葉づかいから鑑みるに、アナスタシアは他者と積極的にコミュニケーションをはかる性格ではない。生まれついての性格やロシアと日本でハーフとして過ごした生い立ちが、現在のアナスタシアの人格をかたちづくったのだろう。容姿は秀でているがそれだけに近寄りがたく、たどたどしい口調を理由にコミュニケーションを断念される。そのような人物が、亜人をめぐる国家的な事態にたいしては積極的に関与してみせた。アナスタシアにとって姉との関係性はそれほど重要だということだ。
永井は美波が姉で良かったと思い、そのやさしさや他者への気づかう性格に心の底から感謝した。こうして駒として使用できる亜人がひとり、手の内にあるのだから当然だ。結果さえ伴っていれば、アナスタシアの善意にも山中のおばあちゃんと同程度には感謝したかもしれない。だが、アナスタシアの介入は特段かんばしい成果はあげず、だからこそスケープゴートにするのがもっとも有益な活用法だったのだが、この思惑もうまくいかなかった。となれば、アナスタシアも中野と同様に佐藤を止めるために仲間にするのがいまのところましな選択肢なのだが、永井はどうにも気がのらない。
548: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/02/18(日) 21:23:35.95 ID:oL93h30zO
佐藤との戦闘にあたり、アナスタシアが戦力になるか、永井は評価を保留している。本体の戦闘力はともかく、コントロール可能な黒い幽霊は有益だし、仲間はひとりでも多い方がいい。しかし、問題点もある。そっちの方が多いくらいだ。アナスタシアはただでさえ目立つ容姿をしている、しかもアイドル、それも知名度があるアイドルなのだ。スケープゴートにできたなら、これらの点は有効に作用しただろう。容姿と知名度がアナスタシアを追い詰め、永井は注目されることがなくなる。そういう望ましい状況が生まれるはずだった。いまでは、それらはむしろネックになっている。秘密裏に行動しなければならないこの状況では。
それに、アナスタシアは死ぬのを怖がっている。自分でリセットできない亜人などどう考えても足手まとい。死に際がわからず、銃撃に怯んで動けなくなってしまったり、逆に空気を裂きながら襲い掛かってくる銃弾の群れに無闇に飛び込んでいくかもしれない。
549: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/02/18(日) 21:26:12.88 ID:oL93h30zO
アナスタシア「ミナミを、元気にしたくないの?」
永井「それは僕が気にしなきゃいけないことか?」
550: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/02/18(日) 21:27:26.77 ID:oL93h30zO
永井は階下から視線をはずして、スマートフォンを操作した。新着メールが届いてないことを確認すると、ため息をついた。アナスタシアは最後の希望を込めて、永井に訴えかけようとしたが、永井が先に口を開いた。眼はスマートフォンに落としたままだった。
永井「自分にそれができないからって、僕に勝手な期待をかけるな」
551: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/02/18(日) 21:28:55.16 ID:oL93h30zO
数時間が経ち、中野がようやく居酒屋から出てきた。サラリーマン風の三十〜四十代の男性数名と連れ添っている。かれらのうちでいちばん太っちょで年かさの男性が両脇を、おそらくは部下であろう二人に抱えられて足を浮かせていた。店前に停まったタクシーまで引きずられながら、おれは運転できるぞー、と喚いている。両脇のふたりはなんとかタクシーに男性を押し込ると、眼鏡をかけたひとりが振り返り中野に快活に別れーーじゃあな、少年!ーーを告げた。
中野「ごちそーさんです」
552: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/02/18(日) 21:29:57.94 ID:oL93h30zO
永井「スったのか」
中野「そんなことするか。くれたんだよ」
553: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/02/18(日) 21:31:23.63 ID:oL93h30zO
中野は咄嗟にエンジンをかけると不意打つように車を急発進させた。シートベルトを着ける寸前だった永井はダッシュボードに頭をぶつけそうになった。
永井「なんだよ、急に!」
554: ◆8zklXZsAwY[saga]
2018/02/18(日) 21:33:06.87 ID:oL93h30zO
中野「探してるだろ」
永井「やみくもに走らせても意味ないだろ」
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