330: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 13:59:25.17 ID:8mPTevMeO
警告に振り向くと、ブレをはらんだ軌道が右斜め下から顎を狙って打ち上げられてくるのを中野の眼が捉えた。中野は後ろに身体を傾け、線を回避する。 永井は一メートル程の長さの木の棒を右手で握っていた。振り切った棒を両手で掴み、今度は中野の左側頭部めがけてふたたび攻撃しようと前に出る。
永井 (第二案「脳しんとう」。頭を揺さぶり、軽度なら数秒、重度なら数時間意識喪失させられる)
331: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 14:01:10.99 ID:8mPTevMeO
永井は両手を棒の両端に移動させると、膝を打ち上げ横に倒した棒を半分に叩き折った。痛々しくさされだった折れ目を、首に巻きついている中野の腕に深々と突き刺す。中野に痛みが走った瞬間、首への圧迫が弛む。永井は拘束から完全に解放されるため、腕に突き刺さったままの木の棒を捻って傷口を苛み、さらなる痛みを与える。
中野は痛みに耐え切った。激痛にもかかわらず、解きかけた腕をさっき以上の力を込めて永井の首を拘束し、身体を後ろに倒しながら、首にかかる圧力をさらなるものにしようとする。
332: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 14:03:44.94 ID:8mPTevMeO
この静止状態を打ち破ったのは、やはり永井だった。復活が完了した永井は、今度は中野の両腿に折れ目の尖端を突き刺し、大腿筋の深部まで捩込んだ。
中野「痛ってえ!!」
333: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 14:05:09.79 ID:8mPTevMeO
ついに中野の意識が消えさった。手足の痙攣が去り、呼吸音すらない完全な沈黙に入った。無呼吸期の段階では、心室細動さえ起こっている。中野の顔面はチアノーゼで青紫色になっていたが、結束バンドが絞めついている部分では毛細血管が破れてピンク色になっていた。
永井は中野の胸から膝をどけ、立ち上がって振り向いた。アナスタシアの姿が消えていた。
334: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 14:06:28.82 ID:8mPTevMeO
アナスタシアの眼に映る森の木々は次々と分身を生み出していた。ひとつ、またひとつと木々は半分透けた影のような分身を増やし、樹間を埋めてアナスタシアの行く先を塞ごうとしているようだった。まるで森そのものが幽霊になったみたいで、薄暗い程度だった森の中は、幹の色や葉の裏側や伸び切った草の葉まで黒く見える。半透明の木々の分身と本物の樹木の区別もまるでつかない。焦点を合わせる機能が眼から失われてしまったのだ。アナスタシアは眼がおかしくなったのか、それとも頭のほうがおかしくなってしまったのか分からないでいた。頭の中で永井の声が前後の文脈もなく渦巻いていた。声は幻覚と組み合わさって森の幽霊たちが囁いているようだった。
「そのキノコは最良のスケープゴートだイボテングタケけっこうって口にあったようで中毒症状は旨かっただろアナスタシアさん亜人だとバレたら国内四例目知名度殺すなよかったよ僕にはきみの捕獲理解いってできないねこのあたりの自生していると同時に針葉樹林帯に警察や政府の追っ手コンスタントに不死身でも殺すなアイドルイボテン酸研究所にという事実がわざわざ発覚その状態じゃあ幽霊はアミノ酸が毒成分旨味のもとでおいしくない殺すなまともに操作できない二〇分から二時間で無力化草刈りに発症腹痛嘔吐幻覚痙攣精神錯乱意識不明に陥ることもあ」
335: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 14:07:45.77 ID:8mPTevMeO
アナスタシアの足が滑った。転んだ先にある木の幹は本物で、アナスタシアは勢いよく固い樹皮に額をぶつけてしまった。ぶつけた箇所の皮膚が擦りむけたが、痛みを感じることが気付けとなり、アナスタシアに現状に対する判断力がすこし戻った。増え続ける幻覚も声も相変わらず続いていたが、それを終わらせる方法をアナスタシアは知っていた。
地面にコマのようなものが回っていた。手を触れたら指が欠けてしまうかもされないような速度だったが、アナスタシアは深呼吸して息を止めると、コマに手を伸ばした。アナスタシアが掴んだのは、長さ三十センチ程の折れた枝で、黒く変色した樹皮の先から鋭く尖った部分が飛び出している。アナスタシアは両手で枝を掴みながら、先ほどの永井の行動を思い出す。眼を閉じて枝の先端を首にあてると、皮膚を針で押したような痛みになりかけている感触が伝わる。アナスタシアは肩を上下させるおおきな呼吸を二、三度行うと、痙攣する腕を引き、首めがけて枝を突き刺す。
336: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 14:09:01.87 ID:8mPTevMeO
痛みを感じて眼を開くと、枝の先端はわずかに血に染まっていて、首の傷からは血が一筋滴り落ちていっただけだった。アナスタシアは愕然とした。こんなにちいさな痛みのために、わたしは死ぬことを止めてしまったのか?
アナスタシアは、森に逃げるのではなく崖から飛び降りるべきだったと後悔した。同時にだれかに嘲笑れているという不安感も起こる。永井かと思ったがそれだけではなく、アナスタシアを押し潰そうとするように増え続ける木の分身や、蝉の鳴き声や、日を遮る葉が生み出す薄暗がりや、木の枝に着いた血が、なす術のないアナスタシアを嘲笑していた。
337: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 14:10:51.17 ID:8mPTevMeO
窮地から抜け出すために、アナスタシアは死ぬしかない。自分で死ぬか、永井に殺されるかの二択。前者が一回限りの死に対して、後者は無数に繰り返される死の始まりに過ぎない。
アナスタシアは黒い幽霊を発現する。黒い幽霊はさっきと同様立ったまま沈黙している。アナスタシアは喘ぎながら、苦しみに耐え頭を上げる。込み上げてくる嘔気を必死で抑えつつ、アナスタシアは自分を見下ろしている幽霊に命令の言葉を告げる。
338: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 14:11:53.39 ID:8mPTevMeO
アナスタシアは幹の寄りかかりながら、襲いかかってくる黒い幽霊を見る。死んで復活するのを待っていたら、そのあいだに永井の幽霊がふたたびアナスタシアの幽霊を無力化するだろう。黒い幽霊の使用は二回目で、この日はすでに使用限度をむかえていた。後頭部から垂れた血が背中へ流れるのを感じながら、アナスタシアは覚悟を決めた。ここで殺されるわけにはいかない。彼の思惑通り、わたしが亜人だと世間に知られ、捕まってしまったら、悲しむ人たちが大勢いる。家族や仲間。そして美波。美波の心はもう限界だ。もうこれ以上、悲しさに耐えることはできない。だから、彼と戦う。戦って、そしていまならまだ、逃げることもできるはず。
アナスタシア「たたかって!」
339: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 14:14:08.26 ID:8mPTevMeO
三体目に対処する暇もなく、またしても星十字の頭部が砕かれる。
IBM(永井)『ざまーみろ』
340: ◆8zklXZsAwY[saga]
2017/07/08(土) 14:15:10.21 ID:8mPTevMeO
永井はさっき投げつけた石を拾いアナスタシアに近づくと、その側頭部を小動物を打ち殺すかのように殴った。腕を振るフォームは、肩を温めるためにおこなうキャッチボールのときみたいにいい感じに力が抜けていた。
永井は意識を失ったアナスタシアの脚の傷に止血と応急処置を施した。それが終わると、中野と同様に拘束をしてから、ワンショルダーバッグから折りたたんだ青いビニールシートを取り出し、広げたシートの上にアナスタシアを運び、その身体を出来るだけ隙間がないよう包んだ。左右の端を捻りダクトテープで留めると、近くに隠していたガスボンベ用の運搬台車にアナスタシアを載せ台車から落ちないよう固定すると、後ろ手で台車を引っ張った。
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